2週間ほど前に教授がひょうひょうとした雰囲気で私と旦那のベンチに現れた。私は作業中だったが旦那はデスクで考え事をしていた。教授はいつもならハ~イとニコニコしながら近づいてくるのに今日は妙に静かだった。顔つきも無理に無表情を保とうとしているのがわかった。教授は旦那に封筒を手渡して足早にその場を立ち去ったので、何事かとすぐに開封すると見知らぬ男女が顔を寄せ合った写真が印刷された結婚パーティの招待状のような物だった。封筒には旦那と私の名前が書かれていた。「誰だ?これ?」学科の誰かの結婚パーティの招待状が教授の所に間違って配達されたのだろうと思っていたら、旦那が「これ教授の息子さんじゃないの?」と・・。そういえば、教授室にお子さんの写真が飾ってあったような。教授室の写真はかなり若い時の物だけど確かにその写真によく似ている!連絡先などをみるとw先生の名字が書いてあった。先生と奥さんが主催している会のようで二人の名前が書いてあったが、ドイツ語フォントを使っているようでウムラウトがついていたりしたため(先生の名前はアメリカではウムラウトはつけていない)、ぱっと見で先生の名前とは判断できなかったのだ。
そのままパーティのことはすっかり忘れていた。
2日の金曜日になってなんの準備もしていなかったのであわてて招待状をよく読んでみると、○○&□□.comを訪問してねと書かれていたのでちょっと見てみることにした。すると、どうやら結婚のセレモニーは2日の金曜日の午前中に、その日の午後レセプションパーティがあるようだ。また1日の夜にバチュラーパーティがあったようだ。そして「パーティに参加される方はRSVPを」と書かれていた。雰囲気としては「出席の意を示す返事を」と言うことではと思いつつも辞書を調べるとやはり「repondez s'il vous plaittというフランス語の略語だそうで”ご返事ください、ご返事お願いします”」という意味だそうだ。
そこで気づいたのはもらった招待状とウェブにあるレセプションの場所と日時が違うことだ。しかももらった招待状にもRSVPをと書かれていた。ひょえ~。返信してないぞ。どうしたものか、あわててカレンにメールで聞いてみることにした。内容はカレンはパーティに行くのか?私たちが行く場合RSVPは必要か?お祝いは持って行く必要があるのか?など。
カレンは返事をくれたが、先生の家族のことをよく知らないので行かないそうだ。ノハもアイザックも行かないとのこと。でもかまやつたちが行きたかったらなんの問題もないので行っていいんだよ。またRSVP essentially means "let us know if you're coming". と教えてくれた。
カレンたちが行かないことを知り、行くか行かないか迷ってしまった。昨年サンクスギビングの時に先生が食事会に招いてくれたが旅行に行くと言って断ってしまったことがある。そのときは結局ラボの誰も出席せずにパーティはなくなったそうだ。これで、息子さんの結婚パーティも行かなかったら先生の威厳にかかわるんじゃぁないだろうか?家での立場が心配になったりもした。でも、着る物もないし、どうしたものかと旦那に相談すると、「かまやつが行かないなら俺は一人で行ってくる」と。はぁ?よくよく聞いてみると、2週間に来たばかりの中国人ポスドクとその妻を先生の家まで乗せていくと約束してしまったそうだ。早く言いなさいよ!結局前日の土曜日はうだうだしていたため外出(お祝いを買いに行ったり)もせずに終わってしまった。一応、RSVPは出してみた。
当日、午前中旦那は仕事をしにラボへ。私は化粧をして日本から持ってきた服で一番良さそうな物(といってもチュニックカットソーとジーンズ)を着て、BHB教会の春学期最終日に先生からもらったピアスとネックレスをしてみた。いつもよりは小綺麗かなっていう程度。まあいいか。
1時半に中国人ポスドク宅へ向かう。途中先生の家の近くを通過。先生とポスドクの家は歩いて5分ほどでは?というくらい近かった。なぜ我々がピックアップする必要が?と思いつつもポスドク宅へ到着。
嫁の方がまだ準備中で、家の中で待たされた。そして、長身の中国人が現れて自己紹介をされた。SC大の教授らしく研究分野は(本来は)海洋微生物のようだ。家はGAのオーガスタにあるそうで、中国人ポスドクをw教授に紹介したのが彼のようだった。しばらくして夫婦の準備が整い、w教授の家に向かった。ちょうど2時半。
先生の家は思い描いていたよりもこじんまりしていた。通りからの見かけは平屋っぽく見えた。中にはいると階段があり階下に部屋がいくつもあるように思えた。土地の傾斜を利用した2階建てのようだ。うちの近くにも小さな2階建てに見えて逆側から見ると3階建てというような家がよくあるのでそのパターンだと思った。
お料理はすでに並んでいてとっても美味しそうに見えた。先生の息子さんと奥さんも現れて自己紹介した。奥さんは小柄で160センチくらいかな。とっても美人でナスターシャキンスキー(古っ!)によく似ていた。娘さんがいて中学生くらいだろうか。ちょっと会話をしてお料理をお皿に取って、リビングの外のデッキに座って食べることにした。ふーむ、私の口にはあまり合わなかった。ちょっと残念。ドイツ料理的な味付けなのだろうか。。ケーキも甘くて本当に少ししか食べられなかった。よくよく考えると、肉類が一切なくお酒もなかった。ドイツ料理というとソーセージとか?って思っていたが何もなかった。サラダとかヘルシーな物ばかりと、甘ーい焼き菓子のみ。教授は忙しそうにホストとしてお料理のセットアップや飲み物に氷を入れたりしていた。話はしなかったが我々の顔をたまに見に来てニタニタ~という顔をしていた。
先生と奥さんの兄弟たちもドイツから来ていた。奥さんの妹の彼氏という人とたくさん話をしておもしろかった。その方はエンジニアでフォルクスワーゲン、ビーダブリュ(BMWのことかなと思ったがMを発音してなかった、それともVWだったりして、でもフォルクスワーゲンはフルで発音していたのでやはりBMWのことなのかなぁ)、ゴルフなどでエンジニアをしてきたそうだ。ドイツでも日本車がすごいと言う話をしていた。さらに、彼は始めてアメ車を見たときに感動した覚えがありアメリカに来ることを楽しみにしていたが、アメリカの車も日本車の影響なのかこじんまりしていてがっかりしたそうだ。また、飛行機で来たけど空港に降り立ったときには600年前(って言ってたかな)にヨーロッパからアメリカに渡った人々が感じた物と同じであろう興奮と感動を味わったそうだ。とてもかわいらしいおじさんだった。
途中からご近所さんのような方々がどんどん訪れた。隣のラボのスキンヘッドでいつも半パンツとTシャツ姿の教員?(旦那曰く「あれは全く仕事をしないポスドクだ」とのこと)も来ていた。人が増えてきたので途中で帰ることにした。不思議なパーティだった。