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2008年5月

2008年5月31日 (土)

休暇 1日目

5月31日。かねてから計画していた旅行に行くため、お仕事はしばしお休みすることに。仕事が始まったばっかりなのに、ごめんねアイザックゥ~~。

ATL→SFQへ

朝5時半に家をでてATL空港へ向かった。空港の駐車場に車をとめて駐車場を巡回しているシャトルバスに乗った。運転手さんに車をおいた場所のロットを伝えると帰りのシャトルバスの運転手に渡すようにと駐車場のロットを記入した紙を渡された。さらにAirTranの飛行機に乗ると伝えると、そこのチェックインカウンターの近くで下ろしてくれた。

朝の7時半すぎ、チェックインカウンターは大混雑だった。不思議なことにこのカウンターは建物の外にあった。建物内にもカウンターはあるのに、列ができているのは外だけなのでとりあえず、並んでみた。順番が来てやっとチェックインと荷物の預け入れを終えて空港内に入った。空港に入ってから搭乗ゲートに向かうため手荷物検査と搭乗券、身分証明書のチェックを受けた。

そうこうしているうちにあっという間に搭乗時間になってしまい飛行機に乗り込んだ。

ATLからSFQまで約5時間20分の飛行時間だった。ATLを9時40分に離陸してSF時間11時58分に到着。機内ではスナックと飲み物が2度出ただけで、朝ガソリンスタンドでタコスにカレーがくるまれたような食べ物を1つ食べたきり何も食べていない私には相当きついフライトだった。せっかくでたスナックは早食いの旦那に2口ほど食べたところで奪い取られてしまい、本当にひもじくてひもじくてshock。せめてドーナツでも持ち込んでおけば・・・。

フライト中はうとついたりぼんやりしたりしていた。座席は3人掛けだったが2人しか座っていなかったのでラッキーだった。トイレは最後尾にあったがとても狭くて身動きがしづらく、しかも流したときの水流と風がものすごく強いのでなんだかトイレの水しぶきを全身にかぶったような気分になった。

2008_0531usa08 やっぱり片道164.5ドルの飛行機だからこんなものなのかなぁと思っていたが、思いも寄らない感動があった。それはうつらうつらしながら4時間ほどとんだ頃だったろうか。窓の下に目をやると不思議な風景が見えた。窓際に座って寝ていた旦那をたたき起こして写真を撮って貰った。たぶん遠くに見えるのがモニュメントバレーで手前がキャニオンなんちゃらなんじゃないか?(グーグルアースで見てみたけど、いまいちよくわからなかったので、まだ何を見たのか確認できていない。)よくわからないがとっても感動して大興奮だった。1万7千円でこの景色が見られるならと、トイレのことも吹っ飛んでしまった。

到着時間が近づいてきてから飛行機が同じ所を何回も旋回していることに気づいた。SF上空に来ているのだが厚い雲に覆われていて高度を下げることを躊躇しているように感じだ。しばらくして機体は意を決したように角度を変えて雲の中へ。雲を通過中がたがたと機体が揺れたり音がしたので後ろに座っていた女性(大学生くらいかな)はぶつぶつと何かを口ずさんでいた。たぶんお祈りかな。雲を通過後、たくさんの家を見下ろす感じで降下していき無事に着陸した。

荷物をピックアップした後に事前にネットで予約しておいたレンタカーを空港で借りた。ヒュンダイのソナタという車だった。今回の旅では車の運転はすべて私がするようにと言われていた(以前の旅で私が助手席でうとうとしすぎたため旦那が切れたのだ)が、しら~っと助手席に座ってまずは買い出しに出かけた。西海岸のスーパーはよくわからないので家から持ってきたカーナビにwal-martと入力して一番近そうなwal-martに向かい、水や食料を調達した。

前もって調べておいた安いモーテルに向かい(予約なし)、チェックインした。今日の予定はこれで終わり。

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2008年5月29日 (木)

今日のESL

今日はESLの授業の中で「子供の時のヒーローは?」という質問があり、「カトゥーンキャラクターズ」と答えた物の、具体的な名前を聞かれて慌ててしまい「ウルトラマン!」と答えてしまった。落ち着いて考えれば私がかなり好きなのは「ルパン三世」で、あとはドラゴンボールの悟空とかいろいろ古いのがいるはずなのに、ぱっと頭に浮かんだのは漫画ではなかったのだ。でもいいや。わかるまい!とそのまま続けていたら、南アメリカ勢から「ウルトラマンは漫画じゃないぞ!アクターが演じているのだ!」との声が。。。違う違うつっこみを入れたのはペルー出身のマルコとメキシコ出身のミゲール。ひえ~、恥ずかしや~~~。

彼らは日本のアニメなどとてもよく知っていて、色々聞かれたがタイトルが変わっていたりしてよくわからなくて残念だった。せっかく盛り上がれるチャンスだったのにぃ~。でもウルトラマンを知っているとは本当にびっくりだった。

先生はプリンセスモノノケとか宮崎駿監督のアニメが好きだそうだ。セーラームーンもよく知っているようだが、私はセーラームーン世代ではないのでちょっと乗れなかった。

自分が大学生くらいまではハリウッドスターのことやら自分が好きな漫画のこととか、映画、芸能人、ドラマ等々なんでもマニアックに知っていたけど、最近全然駄目だ。記憶に残らないし何しろ好きな物について語れなくなってしまった。いつの日からか「自分の趣味についてマニアックに語る」と言う行為に引いてしまうようになったのだ・・。とはいうものの、仕事に関してはマニアックに語ってしまうことがよくあるので、趣味が仕事になったってことかもしれない。・・・周りは引いているかもしれないのね・・・。

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2008年5月24日 (土)

新しい仕事やっと始動

昨日からやっとアイザックが動き出した。その前までカレンからゲノム取りとPCRという仕事をもらっていたが、終わってしまうのでどうしましょうかと相談したところアイザックの仕事が始まるからと言うことでボスがアイザックに替わったのだ。やっとだ。新しいプロジェクトが変わると言われてから、誰に仕事のことを聞けばいいのか今ひとつわからなくなり、アイザックもどこかに出かけていたりしてこの2週間ほどの仕事内容はいまひとつだったのだ。つまらなかった。カレンも発表やら何やらでかまってくれず、私がやったカレンの仕事(シーケンスうんぬん)の結果が出てからどうなったか教えてくれないので、どうなったのかわからなかったのだ。まあやり直しがあれば指示されるはず(彼女が自分でやるわけがないので)なので、結果は良かったのだと思うことにした。

アイザックの方針としてはテクニシャンにも仕事内容を把握して欲しいようで、論文くれたり彼のプロジェクトのレジメをくれたりと至れり尽くせりだ。しかも「デスクはどこなの?」と聞かれ「旦那の隣(隣と言っても離れているが・・)」と答えると「えーあの机使ってるの!?」と言いながら、私のデスクに行き、机の下に置いてあった大きな段ボールやデスクの上に置いてあったゴミ?などを片付けてくれた。ほえ~感動なんですけどぉ・・heart04極めつけ!はなぜかアイザックが私のデスクの鍵を持っていて、彼の腰につけた鍵束をカチャカチャやって鍵を外して私にくれたこと。なんだか部屋の鍵もらってるみたいだわ~とドキドキしてしまった。ホント、バカだわ私って。彼としては単なる親切で「鍵閉めても少しこの引き出しは開いちゃうけど、大事な物はしまっておいた方がいいよ」と教えてくれただけなんだけどね。アイザックがごそごそやり出したので、デスクで考え事をしていた旦那が何事かと近づいてきていた。が、うちの旦那は嫉妬などしないので、ちょっとアイザックにちょっかいを出して自分のデスクに戻っていった。

いや本当にアイザックが一生懸命気を遣ってくれているので、正直困惑気味だ。こっちは給料もらっているんだからさ、もっとドライでいいのよ~と内心思っているのだが、これがアメリカ式なんだろうか?昔よく「アメリカじゃテクニシャンに嫌われたら仕事をやってもらえなくなる」とか「アメリカではテクニシャンの地位が確立している」とか聞いたけど、そういう感じなのかな?まあなんであれ、優しくされて舞い上がっているのは事実なのじゃlovelyいい仕事しまっせ~~。

ところで、新しい仕事は少し難しいかもしれないと思った。ただ、色々相談しながらsmile条件検討もして良いようなので、本当に腕の見せ所だ。英語もカレンの時よりももっと使うことになるのでがんばらねばならない。正直、アイザックの英語は聞き取れないことが多いので集中してないと大変だ。

いや~しかし、アイザックはキュートだわheart02サンプルの受け渡しとかいろんな説明なんかで至近距離にいることが多い。気づくと、『無精髭が金色だわ~heart01』とか『腕毛が結構あるから胸毛も生えてるかしら~heart01?せな毛はどうよ?』としげしげと別のことを考えている自分がいてこわい。肌もきれいだし(やっぱ若いからか?まあうちの旦那もきれいだけどさ)、一生懸命顔を真っ赤にして話すところがね・・lovely。おっとこんなに近くにいるってことはアイザックの目にはたるんだお肌で毛穴広がりまくりの40間近の姉さんの顔が映っているに違いない!まずい!!等々など・・・・・。ひょえっ!これでは欲望丸出し男のソウルと同じじゃないかぁ!気をつけねば。。それにしても昨日今日と顔がゆるみっぱなしで小じわが増えそうじゃ。

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2008年5月20日 (火)

ウォーキング

ここ3週間ほど仕事の帰りに歩くようにしている。ラボからアパートまで歩いて30分ちょっとなのでメタボ解消のために始めてみた。最初は40分近く掛かったような気がするし、結構疲れていたけど、慣れてくると30分は切れない(切る気もない)がそれほど疲れずに歩けるようになった。そして心地よい汗が少し出る。

大人になってから汗をかきにくい体質になったようでサウナに入っても汗が出る前に息苦しくなって外に出てしまう感じで汗を出してすっきりという経験がなかった。でもウォーキングは疲れずにじんわりと汗が出てきたのでちょっとうれしかった。

週3回の30分ウォーキングをまだ3週間目なのでそんなに歩いていないが、何となく背中の肉と太ももの肉が少し落ちたような気がする。腹はまだまだかな~。でも去年は着渋っていた少し小さめのTシャツをそれほど緊張感を持たずに着れてしまっている。(たんにおばさん気質が増しただけかもしれないが・・)もともとものすごい胃下垂のため食後にはぽっこりと下腹が出てしまう。でも腹回りのメタボ肉がなくなれば食後にぽっこりしてもそれほど気にならない気がするのだ!

今までダイエットや体操を何度か試みたが続いた試しはなく、どんどん汚らしい体型になってきていたが、仕事の帰りに歩くというのはとてもお手頃のようだ。雨の日も歩いた。なにしろ帰宅時にバスを使っていたときにバス停で20分待ちとか激混みの車内にがんばって乗り込んだこともあって帰りのバスはあまり好きではないし、いまは夏休み期間でバスのルートや運行時間の間隔もいつもと違うのでなおさら不便なので丁度良いのだ。

ただ、この時期、日焼けしてしまうのが悩みではある。長袖、手袋だと暑くて歩けないし、つばの広い帽子をかぶって歩くのも少々恥ずかしい。今のところ、ビオレのさらさらUVマイルドケアミルクというのを塗って見ているが何度か塗り忘れただけであっという間に時計の跡がくっきりと腕に残ってしまっている。私は年齢を手の甲に感じるのでこれ以上キメを荒らしたくないし、シミも作りたくないと思っているのだが、どうしたものだろうか。。。ビオレを使っている時点で甘々かもしれない。。こっちの強力そうな物をかってみるか。。

このウォーキングは帰国までは絶対に続けようと思っている。私はこちらに体重計を持っておらず、現時点での自分の体重を把握できていない。昨年9月末の体重は自分の今までのマックスに達していたので、アメリカの食事でさらに肥えていたことには間違いない。帰国後に体重を測るのがちと楽しみじゃ。

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2008年5月19日 (月)

バウジエ宅でお昼

今日は4月の終わりにwラボに来た中国人ポスドクの奥さんバウジエにお昼をごちそうになった。

中国人ポスドクが来たときに「英語のクラスを教えて欲しい」と聞かれて、私が通っているところを2カ所と中国人の友人が通っている中国人専用の英語クラスを教えてみた。で、結局BHB教会はすぐに長い夏休みになってしまうので、とりあえずM教会で私が受けているクラスと同じくM教会で別の日にやっている中国人専用のクラスに行くことにしたようだ。ただバウジエの家はM教会からかなり遠くバスを乗り継いで通っている。そのうち免許を取って車を買うそうだが、かなり不便なようだ。

で、帰りはなんとなく私が送ってあげるような形になってしまっている。でも彼女は送ってほしがるわけではないが、私のアパートがM教会から10分もしないところにあり、一緒に帰ると送らないわけにはいかない感じで・・・。買い物ついでに送ったりしてみたところ、お昼をごちそうになることになった。

バウジエは北京の近郊出身で、北京と言えば小麦粉料理なのかな?私の中ではそうなっている。最近M教会に来なくなってしまったユーエンという大学教授夫人の中国人も北京近郊出身でよく中国のパンを作ったとか麺を作ったとか話していたので”やっぱり”という印象だった。そこでバウジエに「小麦粉で肉まんとか餃子の皮とか作れるか?」聞いてみたところ、「アメリカにきてから餃子とワンタンを作った。うちにあるから食べに来てよ。」という話になったのだ。

最初は「どっち食べる?」など聞いてきたが、結局両方調理してくれることになった。ワンタンは炒めたトマトと卵の入ったスープに入れて、餃子は水餃子で出てきた。あっという間にできあがった。まあ主役が冷凍してあったので材料を切って鍋に投入しただけだけど、かなり手際よくやっててさすが料理が好きだと言うだけのことはある。後片付けもあっという間に終わらせてたし。。

餃子もワンタンも似たような物なのに食感が違っていて美味しかった。中から肉汁がジュワっと出るので具の作り方にも興味津々だった。包子(肉まんやあんまん)や饅頭(具なしのパン)も作れるそうだ。是非作り方を習いたい物だと思った。

大量に食べさせられた(まあ自分で食べたんだけど)こともあり、その後夕食時間を過ぎても胃にもたれていて結構大変だった。

お昼を食べながらたくさん話をして、へぇ~と思うことがあった。

ひとつはエビについての感覚の違いで、中国(北京?)ではエビは生きた物しか調理しないらしい。私がよく野菜とエビを炒めて食べると話したら、アメリカには新鮮なエビを売っていない。売っている物はみんな死んでいるし頭も取ってあるから買う気になれないそうだ。ちょっと驚いた。しかも食べ方も生きたままゆでた物と揚げた物(って言ってたような)をお皿に盛るとか。。。ちょっとよくわからなかった。エビチリとか広東風の野菜とエビの炒め物とか、車エビと黄ニラの炒めた物とか・・・・中華にエビ料理って結構多いと思っていたのに意外な答えだった。北京料理にエビをあまり使わないのだろうか?不思議だった。

二つめは、w教授って本当にいい人ってこと。中国人夫妻がアメリカに来るときにアパートなどは先生がすべて手配してくれたようだ。我が家の時も色々聞いてくれていて、世帯寮だと家具がついていないからと心配してくれていたがTVやインターネット、電気水道の手続きが要らないことから寮を選んでしまった。中国人夫妻の場合は先生に家探しをお願いしたようでw教授が知り合いの中国人教授に聞いて中国人が多く住んでいるアパート群を探して契約してくれたようだ。しかも家具付き。さらに中古の車も8月に帰国する中国人学生から購入する手はずも整えてくれたようだ。なんて親切な。。さらに、夫妻がアメリカに着いた日に先生はATL空港まで迎えに行っているのだ!すごすぎ。しかもバウジエの話では中国の天候が悪くて飛行機が遅れたために到着日が一日ずれてしまったようだったので、先生は2度空港に足を運んだそうだ。なんて優しい人なのか!うちの時は空港でレンタカーを1週間借りて自力で色々やったけど、先生を頼ってもよかったのかなぁ・・とちょっと思ってしまった。

3つめは以前は大学の世帯寮の別の建物に住んでいた中国人ケミスト主夫の知り合いが、バウジエ宅の近所に引っ越していたことが判明したこと。びっくりだった。この中国人ケミスト主夫は奥さんがこちらの大学でポスドクをするのでついてきたが職が見つからず主夫をしている。英語のクラスで知り合った人だ。いやいやいつの間に引っ越したの?って感じで驚いた。しかもバウジエの家の近所に。で、彼はかなり親切にバウジエ夫婦と仲良くしていて、近所の買い出しから州都の中国食品店までの買い出し、車の免許を取るに当たってのサポートやら何から何まで手伝ってくれているそうだ。本当にびっくりだ。さらに驚くのはBHB教会の英語の先生ジョンが中国人ケミストの奥さんの出産に立ち会ったりサポートをするらしい。私の知り合いたちが別のところでつながっていて本当に驚いてしまった。

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2008年5月14日 (水)

日本ってすごいと思うとき

wal-martの広告の電化製品のページが日本社製品であふれているとき。本当に日本はすごい国だと思ってしまう。なぜこれらの会社に就職しなかったのか(まあできなかっただろうけど)とも思ってしまう。

2008_0521_51 ←母の日用の広告より。載せちゃっていいのかなぁ~。最初全部が日本のメーカーだと思っていたが、調べてみたところKodakはアメリカに本社があるらしい。Kodakは日本でも(私にとっては)あまりにも有名なため本気で日本のメーカーだと思っていました。

広告には載らないけれど、文房具もがんばっている様子。ぺんてるやゼブラのボールペンや消しゴム、シャーペンの芯などを見かけます。ぺんてるもメキシコだったか(未確認)に工場があるみたいで、メキシコ人の友人はメキシコの会社だと思っている様子。

アメリカに住むいろんな国の人々が(米国人含む)日本のメーカーについてどれだけ知っているかは不明だけど。メキシコや南アメリカ出身の人々は割と知らないみたいな感じがする。ESLで「初めて買った車はHONDA」とか言ってる人がいたけど、ホンダが日本のメーカーなんて知らないんだろうな~。そうそう、そんな偉そうなことを言っている私もACURAがアメリカ版ホンダ、レクサスがトヨタの車だとは知らなかった。私が住んでいる州の州都にある野球場にはレクサス専用の駐車場なんてあって、球場からかなり近い距離(いい場所)に位置しているので、てっきりレクサスはアメリカのメーカーだと信じていた。それをホンダが代理販売していると勝手に思いこんでいた。こりゃ、日本の技術力を知らない外国の人たちをバカになんてしてられないね。私が無知すぎるもの・・・。

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ESLにて

3月の終わりの授業からM教会のESLのレベル2の先生がシルビアからレボンという男性の先生に変わった。以前は週2回通っていたが、3月終わりから働き出したため、レボンの授業は週1でしか受けていなかった。が、彼は本格的な英語の先生で少し難しいときもあるがかなり良い授業だ。なんでも3年間フランスの英会話学校での先生経験もあるらしいし、以前ここの大学が付属のESLを持っていたときにも講師をしていたらしい。5月に入ってから木曜日に行っているBHB教会のESLが3ヶ月半の夏休みに入ったため、仕事の出勤日を変更して週2回レボンの授業を受けることにした。

こっちに来てから習った先生はこれで4人だけれど、とにかくまともな授業だと感心している。旦那曰く、無料の英語学校なんてそんなもの(適当でも可)だそうだが、今までは英語を上達させると言うよりもテキストをただこなして答え合わせといったスタイルばかり。先生がやる気がなければ授業は緩慢な感じだし、すごく早く終わってしまうこともあった。先生が授業中いなくなってしばらく帰ってこないこともあった。でもレボンは3時間の授業、みっちみちに詰まっていて、9時から始まり、途中休憩が15分ほど入って12時過ぎまでみっちり教えてくれる。本当にやっと良い先生に出会ったと思えた。8月にBHB教会のESLが始まったらどうしようか悩むところだ。ドロリス先生の授業は普通なんだけど、教材が結構いいと思う。ネットで買えそうなので自分でやるのもいいのか?とも思うが、テキストの内容を先生がそれぞれ説明してくれるのが結構ためになってる気もする。。迷う。まあ、それはそのときに考えることにしよう。

ところで、4月以降M教会のESLで憂鬱なこともある。それはあのソウルがまた来始めたのだ。たぶん、3月の終わりにサンディに呼ばれたようで、1回来ていた。その後また来始めたのだ。私は「来なくていいよ~」と内心思った。彼は本当に不思議で必ず私の隣に座ってちょっかいを出すのだ。レボンのクラスになってからはリンやジョンイェーという韓国人たちのそばに座るようにして両脇をあけないようにしている。それでもなお、先生が「かまやつ、答えて」などと指示すると、別の所から「カマヤツ~○×△カマヤツ~○×△」など名前+何かをつぶやく声がするのだ。私が気づいていないと思って教えてくれているのかもしれないが、気味が悪くてしょうがないのだ。そして下に見られている(ソウルよりも英語ができないと思われている)ようで、それもしゃくでならない。とにかく、うざくて仕方ないので全く気づいていないふりをしてガン無視状態なのだが・・。めげずに毎回ささやかれるのだ。休憩時間も一緒に茶を入れようとするので飲みたいのを我慢してみたり、上手いこと避けるのに必死になっている。とっても面倒だ。

先週からパティが復帰してクラスに来ている。パティはキュートなタイ人の女の子で、来たり来なかったりが多い。去年も前半はクラスを取っていて、私が通い始めた頃はずっと来ていなかったが、去年の11月の最後の週くらい本当に2回くらいのクラスに出ていた。あとパーティに来ていたので仲良くなった。タイ人と日本人ってとっても相性がいいように思える。気の使い方、物事の感じ方が似ていると思う。

ところでパティは今年に入ってから全く来ていなくて3月はタイに帰っていたそうだ。普段はベビーシッターをしているらしい。久々に会ったパティはちょいと色っぽくなった気がする。彼氏でもできたのかな?と内心思った。授業中にもクラブに行ってるとか言ってたし、誰と?と思わず聞きそうになったがプライベートなことなので聞かないでおいた。

パティが現れた日、ソウルは帰り際に先生と話し込んでいるパティに向かって「パティ!パティ!」と声をかけていた。たぶんハグをしたかったんだろう。去年のパーティの最後に彼は私とノーランにハグを求めて振られ、唯一パティがしてくれたのだ。わずか数ヶ月で色っぽくキュートさを増したパティを抱きしめたくて仕方なかったに違いない。こえ~~~。結局、パティは気づかなかったのか振り返らず、彼はすごすごと帰って行った。また別の日にはソウルは遅れてきて無理矢理パティの隣の席を空けてもらって座っていた。本当にすごい。

そして今日ゲゲッなことが・・・。月曜日に自分のImportant Life Eventsと言う物を書いてくるようにと宿題が出た。結構難しく面倒だった。ボランティアで誰か発表してと先生が言い、ソウルが率先して前に出た。ソウルは以前はシャイな印象で英語がほとんど駄目なのであまり声を出そうとしなかったが、今のクラスでは一番目立とうとしている。これは先生がソウルに対して、君はジェントルマンだとか、ソウルはロマンチストだとか、ソウルが言って欲しそうなことを言ってあげたり、先生の質問に対して、ソウルがめちゃくちゃな回答をしても先生が笑いに持って行って流してくれるので(そして本人は質問と答えがちぐはぐになっていることに気づいていない)本人は上機嫌なのだ。それでずいぶん積極的な人間になったようだ。ソウルが発表した後に、誰かを指名できる。で、パティを指名した。おもしろいことにソウルもパティも彼女がどうのとか彼氏と別れたこととかが書かれていた。まあ、それはいいとして、パティのライフイベントに関して質問をという段階になったとき、ソウルが欲望丸出しになったのだ。はじめはみんながパティの出身大学のsiam univ.はどんな大学か?など普通の質問をしていた。が、そろそろ質問もつきたかと言うときにソウルが、パティの年を聞いた。パティは答えたくない質問のかわし方を習っていなかったので、いやいやながら答えていた。19歳くらいにしか見えないんだけど27歳だった。でも十分若い。欲望男のソウルは見かけは35歳すぎのおっさんだがまだ22歳。ふーむ、ちょっと年が離れているかな?日本ならありだろうけど・・・と私は心で思っていた。ソウルがあまりにも欲望丸出しにしているので、そのときすでにクラスのみんなの雰囲気が変わっていた。にも関わらず、ソウルはつばを飲みこんでから(押さえきれずにって感じで)「今彼氏はいるのか?」という質問を・・・。ひょえ~~~~おまえは何しにここに来ているのじゃ!!女性陣は全員あきれ顔。パティも困り顔で「答えたくない」という言い方をした。先生も雰囲気に気づいていて、さりげなく「そう答えるときは・・・(いるってことさ)」みたいなことを言ってくれていたが・・・。周りはもう笑うしかなく・・。本当にあきれた人だ。そしてクラスが微妙な空気に包まれている中、タイ人夫婦のエモンという奥さんがソウルの肩をたたいて「You are young !!」と言ったのでクラス中がにやにやと笑った。あーでもソウルには意味がわかんないんだろうな・・。

思い起こせば大学生の時に押さえきれない状態の友人を二人目の当たりにしたことがある。一人は部活で一緒だったMという男性。彼は在籍学科も同じだった女性Aに好意を抱きもう好きで好きでしょうがなかったようで、タッチという形の愛情表現を部室内でし始めた。肩をもんだり、首を絞めたり。ちなみにその時点で告白はしていなかったようだ。嫌がってもなおやり続ける。最終的にはMがAを羽交い締めにしているところを「いいかげんにせい!みっともない!!」と先輩が怒鳴りつけて、それがきっかけでその後Mは退部してしまった。もう一人は研究室が一緒だった人で、まじめなスポーツマンだったT。彼が惹かれた女性Kは大学の交換留学から帰国した1年上の代の人で、帰国後、卒業年度が一緒になった人だ。独特な雰囲気のKにTが魅了されていく様はやはり周りにいる人間にもよくわかった。飲み会でKへの思いのため?泥酔し、さらに泥酔状態で告白したT。Kは「酒の力を借りてるところが嫌だ」とばっさり。。。

こういう他人の押さえきれない心の動きって周りにもよくわかってしまうもので、どちらの時もみんなヤキモキしたり、イラだったり不愉快に思う人が多い感じだった。今回おもしろいと思ったのはその場にいたタイ、メキシコ、ペルー、韓国、アメリカ、日本出身の人が皆同じようなリアクションをしたことだ。ソウルが問うた2つの内容はたいしたことがなくも思えるが、それ以前のソウルの行動や、顔つき、態度、あとなんかよくわからないけどオーラのような何かが体全体からあふれ出てるのよね~。たぶんその何かを同じクラスの全員が感じ取ったと思われる。不思議なもんだ。。

ところでソウルは、英語は全く上達していない。(私も人のことをいえないが・・)Do you play basketball ? と問われてYes. I play golf. と答える。確認のために先生がDo you play golf? と問うとsoccerと言うので先生がずっこける(古っ)。いつもこんなで、でも根拠のない自信に満ちているのか、他の人が答えようとしているところに横からめちゃくちゃな答えを言い続ける。本人は教えてあげているつもりなのだ。今日の授業もエモンの旦那のナットがYes, it was. と答えようとしていたところ横からYes,she is.と何度も何度も口ずさんでいた。ナットは英語が良くできるので、惑わされることなく答えていたが。。

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2008年5月10日 (土)

母の日

義母から電話があった。「今日ね、母の日の贈り物が届いて、バームクーヘンが美味しかったわよ~~。お花もね有名な所のだけあってしっかりしててきれいよ!本当にありがとう。」とのことだった。よかった~。去年は鉢植えのすずらんを贈ったが反応はそれほどでもなかったのだが、今年のは良かったようだ。

大学生の頃から毎年母の日には姉と連名で伯母たちにエプロンやら何やらを送ってきた。小さい頃に父を亡くしたため何かと母の姉弟たちにお世話になった。特に姉は母の姉に、私は母の弟のお嫁さんに世話になりっぱなし。なので、お母さんたちへの感謝祭として毎年欠かせない行事になっている。かれこれもう20年近くになるのか・・。最近では豪華なお花を贈ったり、お菓子付きのお花にしたりと姉が思考をこらして厳選した物を送っている。ここ数年は私が忙しかったこともあり姉に任せきりになってしまっている。

今年は実母から「母の日はアメリカから入ってきた習慣だから、そっちで何かいい物を探して義母さんに贈るようにね。老婆心ながら・・。」とメールが来ていたのだが、何がいいのかめぼしい物がなく結局姉に頼んで日本から日比谷花壇のお菓子とカーネーションのセットを贈ってもらった。まあとにかく喜んでもらえてよかったよかった。

ちなみにお母さんには先日振り込み依頼をしたときにお金をお母さんに多めに渡して残ったお金で好きな物を買ってねという形のプレゼントにしてしまった。お母さんがお金を使ってくれたかわからないけれど・・・。Hibiyakadan_1

←義母さんに贈った日比谷花壇の母の日セット。写真はwebからお借りした物だけど、載せてもいいのか不安。でも感謝と記録の意を込めて掲載してしまいました。。。

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2008年5月 9日 (金)

新規プロジェクト

5月に入ってカレンとの仕事も一段落した。最終的にはPCRプロダクトをQIAGENのキットで精製してシーケンシングは外注とのことだったのだが、最後の最後で全サンプル50個を精製するのがきつかった。簡単な作業なのだが、2本ずつあるチューブをまとめて精製するのに間違えないように気を遣うのが大変だった。私はうっかりミスが多いタイプで、自分で欠点に気づいているだけに注意を払うのに本当に力がいる。精製の作業よりもチューブを間違えないことの方が大変なのだ。同じサンプル名が何個も入っていたりしてそれもどうした物かと思ってしまう。まあ、カレンが気にしていないようなので気にしないようにした。

そして精製のためサンプル表をチェックしていると、またしてもうっかりミスに気がついた。ミスってほどではないが、2サンプルまだPCRをやっていない物があったのだ。あーあ。しかもこの日で最後のサンプルのPCRを仕掛けたところだった。この反応が終わってからまたかけ直さないと行けないのでいろんな作業が2倍になってしまった。がっくり。PCRが終わるまで、少しずつ精製作業を進めたが本当にきつかった。結局9時半から始めて、すべての作業が終わったのは午後5時半だった。1時間休憩を取った物の、立って作業をするタイプの実験台のためほぼ6時間以上立ちっぱなしだった。本当に疲れた。

その日そんなにがんばったのはカレンから火曜日中に全部終わらせてねと言われていたからだったが、サンプルをもってカレンの所に行くと「来週の月曜日に発送だからそれまでフリーザーに入れておいて」と言われた。『・・・なんだかなぁ。。』来週発送なら今日全部終わらせなくてもよかったんじゃぁ・・と心の中で思った。

やはり英語での会話が苦手なため、細かいところが確認できずに無意味なことをやってしまうことが結構多い気がする。ふーむ。まあいいけど。。あー、今気づいたが月曜日私は休みのはず、カレンは土曜日に博士課程のプログレス発表があるらしく金曜日に話しかけにくくて来週の話をしていなかった。こっちもうっかり月曜日は出勤しないことを忘れていたので引き継ぎの準備をしてこなかった。また呼び出されるのだろうか?面倒だ。

火曜日は実験室を行ったり来たりしていた時に教授がカレンと話しているところに出くわした。教授が「ハ~イ、かまやつ。いま君のことを話していたんだよ。お給料をもっと出すことにしたから、たくさん働いていいからね。」と言ってくれた。そしてカレンが「新しいプロジェクトが始まるわよ!」と。かなりうれしいじゃないですかぁ~。今までよりも給料がたくさん出る=working timeを気にせず、好きなだけ働けるということだ。しかも以前の3倍以上の金額を出してくれるそうだ。これって一応私の仕事っぷりを認めてもらえたってことだよね。でも旦那は渋い顔。旦那は本当は私に自分の仕事を手伝ってもらいたかった。が、どういう訳か学生の仕事を私がしているのが気に入らないのだ。学生が面倒なことを私に押しつけているだけなんだからがんばらなくて良いというのが旦那の本心。微妙だね。ただ、今までは旦那の手伝いは無給でやっていたけど、今後は有給で手伝えると思って良いのだ。

カレンの仕事を振り返ってみると、培養菌体からゲノム抽出が30個ほど、PCRが50サンプル(実際は80サンプルくらい)、PCRプロダクトの精製が50サンプルという仕事内容だった。ちょっと時間が掛かりすぎた気がする。物がそろっているラボでこの仕事をしたならばもっと早く終わったような気がした。まあカレンはこの仕事を昨年の6月から始めて全然進んでいなかったので、そこを考えにいれれば早かったと言ってよいかも。。

ところで次のプロジェクトはまたPCRがらみだ。カレン曰く「Because you are a PCR queen ! 」だそうだ。この言葉は何度も言われているがいまいちピンとこない。私は何も特別なことをしていないのだ。ただ試薬を混ぜて決められた条件のプログラムを回すだけ。ふーむ。何度もマジック!とかミラクル!!とかいう言葉も言われているが非常にリアクションに困るのだ。。。

もらった論文を読んでみたところ微生物の同定のために今まで行っていた手法(カレンとやっていた仕事がこれだ)とは違った新しい方法について書かれていた。カレンにいくつか質問したところ「アイザックの仕事だから彼に聞いてみて」とのこと。ほえlovelyアイザックの仕事なのね。と、おばさんはニヤニヤしてしまったのだったsmile

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2008年5月 4日 (日)

w教授の息子さんの結婚お披露目会

2週間ほど前に教授がひょうひょうとした雰囲気で私と旦那のベンチに現れた。私は作業中だったが旦那はデスクで考え事をしていた。教授はいつもならハ~イとニコニコしながら近づいてくるのに今日は妙に静かだった。顔つきも無理に無表情を保とうとしているのがわかった。教授は旦那に封筒を手渡して足早にその場を立ち去ったので、何事かとすぐに開封すると見知らぬ男女が顔を寄せ合った写真が印刷された結婚パーティの招待状のような物だった。封筒には旦那と私の名前が書かれていた。「誰だ?これ?」学科の誰かの結婚パーティの招待状が教授の所に間違って配達されたのだろうと思っていたら、旦那が「これ教授の息子さんじゃないの?」と・・。そういえば、教授室にお子さんの写真が飾ってあったような。教授室の写真はかなり若い時の物だけど確かにその写真によく似ている!連絡先などをみるとw先生の名字が書いてあった。先生と奥さんが主催している会のようで二人の名前が書いてあったが、ドイツ語フォントを使っているようでウムラウトがついていたりしたため(先生の名前はアメリカではウムラウトはつけていない)、ぱっと見で先生の名前とは判断できなかったのだ。

そのままパーティのことはすっかり忘れていた。

2日の金曜日になってなんの準備もしていなかったのであわてて招待状をよく読んでみると、○○&□□.comを訪問してねと書かれていたのでちょっと見てみることにした。すると、どうやら結婚のセレモニーは2日の金曜日の午前中に、その日の午後レセプションパーティがあるようだ。また1日の夜にバチュラーパーティがあったようだ。そして「パーティに参加される方はRSVPを」と書かれていた。雰囲気としては「出席の意を示す返事を」と言うことではと思いつつも辞書を調べるとやはり「repondez s'il vous plaittというフランス語の略語だそうで”ご返事ください、ご返事お願いします”」という意味だそうだ。

そこで気づいたのはもらった招待状とウェブにあるレセプションの場所と日時が違うことだ。しかももらった招待状にもRSVPをと書かれていた。ひょえ~。返信してないぞ。どうしたものか、あわててカレンにメールで聞いてみることにした。内容はカレンはパーティに行くのか?私たちが行く場合RSVPは必要か?お祝いは持って行く必要があるのか?など。

カレンは返事をくれたが、先生の家族のことをよく知らないので行かないそうだ。ノハもアイザックも行かないとのこと。でもかまやつたちが行きたかったらなんの問題もないので行っていいんだよ。またRSVP essentially means "let us know if you're coming". と教えてくれた。

カレンたちが行かないことを知り、行くか行かないか迷ってしまった。昨年サンクスギビングの時に先生が食事会に招いてくれたが旅行に行くと言って断ってしまったことがある。そのときは結局ラボの誰も出席せずにパーティはなくなったそうだ。これで、息子さんの結婚パーティも行かなかったら先生の威厳にかかわるんじゃぁないだろうか?家での立場が心配になったりもした。でも、着る物もないし、どうしたものかと旦那に相談すると、「かまやつが行かないなら俺は一人で行ってくる」と。はぁ?よくよく聞いてみると、2週間に来たばかりの中国人ポスドクとその妻を先生の家まで乗せていくと約束してしまったそうだ。早く言いなさいよ!結局前日の土曜日はうだうだしていたため外出(お祝いを買いに行ったり)もせずに終わってしまった。一応、RSVPは出してみた。

当日、午前中旦那は仕事をしにラボへ。私は化粧をして日本から持ってきた服で一番良さそうな物(といってもチュニックカットソーとジーンズ)を着て、BHB教会の春学期最終日に先生からもらったピアスとネックレスをしてみた。いつもよりは小綺麗かなっていう程度。まあいいか。

1時半に中国人ポスドク宅へ向かう。途中先生の家の近くを通過。先生とポスドクの家は歩いて5分ほどでは?というくらい近かった。なぜ我々がピックアップする必要が?と思いつつもポスドク宅へ到着。

嫁の方がまだ準備中で、家の中で待たされた。そして、長身の中国人が現れて自己紹介をされた。SC大の教授らしく研究分野は(本来は)海洋微生物のようだ。家はGAのオーガスタにあるそうで、中国人ポスドクをw教授に紹介したのが彼のようだった。しばらくして夫婦の準備が整い、w教授の家に向かった。ちょうど2時半。

先生の家は思い描いていたよりもこじんまりしていた。通りからの見かけは平屋っぽく見えた。中にはいると階段があり階下に部屋がいくつもあるように思えた。土地の傾斜を利用した2階建てのようだ。うちの近くにも小さな2階建てに見えて逆側から見ると3階建てというような家がよくあるのでそのパターンだと思った。

お料理はすでに並んでいてとっても美味しそうに見えた。先生の息子さんと奥さんも現れて自己紹介した。奥さんは小柄で160センチくらいかな。とっても美人でナスターシャキンスキー(古っ!)によく似ていた。娘さんがいて中学生くらいだろうか。ちょっと会話をしてお料理をお皿に取って、リビングの外のデッキに座って食べることにした。ふーむ、私の口にはあまり合わなかった。ちょっと残念。ドイツ料理的な味付けなのだろうか。。ケーキも甘くて本当に少ししか食べられなかった。よくよく考えると、肉類が一切なくお酒もなかった。ドイツ料理というとソーセージとか?って思っていたが何もなかった。サラダとかヘルシーな物ばかりと、甘ーい焼き菓子のみ。教授は忙しそうにホストとしてお料理のセットアップや飲み物に氷を入れたりしていた。話はしなかったが我々の顔をたまに見に来てニタニタ~という顔をしていた。

先生と奥さんの兄弟たちもドイツから来ていた。奥さんの妹の彼氏という人とたくさん話をしておもしろかった。その方はエンジニアでフォルクスワーゲン、ビーダブリュ(BMWのことかなと思ったがMを発音してなかった、それともVWだったりして、でもフォルクスワーゲンはフルで発音していたのでやはりBMWのことなのかなぁ)、ゴルフなどでエンジニアをしてきたそうだ。ドイツでも日本車がすごいと言う話をしていた。さらに、彼は始めてアメ車を見たときに感動した覚えがありアメリカに来ることを楽しみにしていたが、アメリカの車も日本車の影響なのかこじんまりしていてがっかりしたそうだ。また、飛行機で来たけど空港に降り立ったときには600年前(って言ってたかな)にヨーロッパからアメリカに渡った人々が感じた物と同じであろう興奮と感動を味わったそうだ。とてもかわいらしいおじさんだった。

途中からご近所さんのような方々がどんどん訪れた。隣のラボのスキンヘッドでいつも半パンツとTシャツ姿の教員?(旦那曰く「あれは全く仕事をしないポスドクだ」とのこと)も来ていた。人が増えてきたので途中で帰ることにした。不思議なパーティだった。

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2008年5月 2日 (金)

いちご狩り

今日はBHB教会のESLの後にシルビア先生とノーランと一緒にオヤジ狩りならぬイチゴ狩りに行ってきた。

先生がM教会のESLをやめるときに「5月になったらイチゴ狩りにいこうね」と言ってくれていたので、シーズンが来て誘われたのだった。昨日お誘いメールが来て私宛だけだったのでちょっと恐縮した物の英語の練習になるしと思って「もちろん行きます」の返信をした。その後先生から返信があって、ESLでノーランに会えたら誘ってみてと書かれてあったので、今朝誘ったのだ。

ノーランも行くことになり、クラス(今年度のBHB教会のESLはこれが最終日)が終わってノーランが教室の外に待っていたので一緒に出口へと向かった。シルビア先生は3月に会ったときよりも生き生きしているように見えた。クラスを辞めて気楽になったのか、単に夏バージョンになったのか・・・。でも少し心配だったので良かった。

先生の車には一番上の大学生の娘さんが乗っていた。先生にそっくり。少し太めな感じでお化粧も全くしていなくて顔に金色の産毛がもしゃもしゃ生えているところに好感が持てた。以前、大学を卒業したら看護士になるための学校に進むと聞いたことがあるのでおそらく大学4年で今月卒業式なんじゃないか?って思ったが、学内で見かける女の子たちよりも少し幼い感じがして意外だった。

車内ではノーランがよくしゃべっていて英会話力がずいぶん上達していて驚いた。前々からよくできていたが、以前のようなトルコ語なまりはずいぶん軽減していて聞き取りやすく、自分の言いたいことを上手く表現できていてうらやましく思った。私は口を挟むチャンスがあまりなくてあまり話さなかったが、楽しかった。

アメリカに来て何度かイチゴを買って食べているが美味しいと思ったことが一度もなかった。いつも蜂蜜をかけないと酸っぱくて辛かったが、イチゴ農園で摘んだ取り立てイチゴを車の中で食べたが結構甘くて美味しかった。やっぱり、完熟を取ってすぐならアメリカのイチゴも美味しいと言うことなのねと思った。イチゴ狩りの料金は先生が払ってくれてとても恐縮だった。いくらだったかは不明だけど一人(ひとバケツ)10ドルはいってないように思えた。1キロ以上はありそうなので買うのと同額かもう少し安いかと言うところだろうか。結構甘いのでスーパーで買うよりも良いような気がした。

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