« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

2008年3月

2008年3月28日 (金)

仕事5日目

金曜日。今日は9時半から仕事。

のはずが、朝ラボに行ったところ誰もいない。コンピューター室も真っ暗、カレンの実験室も鍵がかかっていた。鍵を開けて中にはいると、鞄はあるので学内にはいるようだった。

今日やることは何となくわかっていたので、とりあえずゲルでも作るかとインキュベータから溶けているゲルを取り出し型に流し込んだ。結局、水曜日のPCRのチューブが見あたらずカレンが戻ってくるのをぼーっと待っていた。

カレンは11時に現れた。悲しいことに今日私が来ることを忘れていたそうだ。そうだよねぇ。。パートのおばちゃんだもの。。今日は11時から女子学生が来て洗い物をやっていた。その指導のために戻ってきたのだ。私が雇用のためのペーパーワークをやっていた日に、その女子もペーパーワークとインターネットでのガイダンスをやっていたのだ。そういうことか!と思った。

このラボは去っていった研究員たちの遺物ともいえる、培養済みのチューブやガラス瓶がたくさんある。本当にすごい大量にあるのだ。しかもアルミキャップとゴムキャップで密栓してあるので、これをひとつひとつ外して、中味を出して洗うというのはかなり大変なことだと思う。しかも中の液体はびっくりするほどくさいのだ。培養されている物は古細菌の仲間が多いと思うのだけど、これが尋常じゃない臭さの物もあるのだ。。。

洗い物をしている学生を見てピピっときた。教授は私に気を使って実験のみをやる人として雇ってくれたのだと。私としては山のような洗い物を暇なときにでもやろうと思っていたのだけどね。気を遣ってくれたのだ。感謝しなければ・・・。

しかし、学生が素手で洗い物をしているのが非常に気になる。訳のわからない試薬を溶かした瓶もあるのでちょっと心配になった。

この日の私の仕事は、電気泳動とさらなるPCRの仕込みのみ。本当に簡単すぎる。カレンの仕事をやらせてもらっている感じなのだが、アメリカの博士課程の学生ってこんなにすることないの?って密かに思っている。そうそう、修士課程の学生も修論用の実験などをしている様子もない。授業と実習のみなのかしら???不思議でならない。この大学のうちのラボ特有かもしれないけど、日本の学生はよく実験していると思った。あー、でもここの大学院生を旦那に持つ友人たちは、課題がすごくて旦那さんは皆家でもたくさん勉強していると言っていた。教育方針が違うと言うことなのかな。。。そういえば以前の職場で、アメリカでポスドク経験のある女性ポスドクが「アメリカでは研究(実験)があまりできなくてもコミュニケーション能力がある人の方が評価されるのよ」と日本の超優秀な学生たちに話していたのを覚えている。聞いていて信じられないと思ったが、そういうラボもあるってことかもしれないな。

前回のPCRの結果は、カレンが以前抽出したDNAはすべて何某かが増幅されていた。カレンは大喜びで私をほめてくれたけど、私としては今ひとつピンときていなかった。そもそも、primerが何なのか?わかっていないので・・・。サーモバクテリウムという属?に特有な配列を増幅するプライマーなのではないか?と思っていて(サーモバクテリウムを分離しようとしているらしいので)、うまくいったのは私のお手柄でもなんでもなく。。。PCRの条件も何もいじってないし・・・。でもカレンは私の反応があまりにも薄かったからか、紙に書いてくれてまでグレイト!!とほめてくれていたので喜ぶべきことだったのかもしれない。まあ、よくわからないが、次回からはかわいげのあるリアクションを心がけようと思った。

ところで、やっぱりESLよりも働いている方が英会話の習得に役に立つようだ。相手から何か問われてとっさの言い返しって言うのがかなり難しい。簡単なことでも、とっさだと口ごもってしまうのだ。今日はアイザックがサーマルサイクラーのおいてあるベンチを使っていた。私がベンチに近づいたらとっさに彼は "You can move these things (on the bench)."(よく覚えてないけどたぶんこういったと思う)と早口で言った。「どかしていいよ」って言うのをこう表現するのかと理解した。今回はベンチを使う予定ではなかったので、OKといってそのまま動かさなかったけど、次に同じシチュエーションがあったら「ありがとう。でもベンチはつかわないんだ。」といえるようにしたいと思った。ただ、ちょっとcanなのかcan'tなのか判断がつかなかったのが本当のところでもあった。

話は変わるがアイザックはすごくキュートだ。こんなこと日本人のおばはんに思われているなんて気の毒でもあるが・・。背は高くて180センチくらいありそう。すごく細身。少し前まではくりくりヘアーでマックのドナルド?位の髪の長さだった。動きもドナルド風だった。働き始めて久々に会ったら髪が少し短くしなっていてなんだかステキになっていた。歯並びが異常にきれいできれいで・・・すごい美形って訳ではないけれど、やっぱり歯は大事だわ~と本当に思う。歯並びが美しいと、本当にきれいな顔に見えるのだ。。。さわやかというか・・。ガン見しちゃ悪いからチラ見で我慢しているがlovelyフフフフフ

| | コメント (0)

2008年3月27日 (木)

今日のESL

今日はバンに揺られてドナドナ気分のBHB教会のESLの日。朝、ピックアップ場所にジャスミンが居なくてちょっとがっかりだった。先週の木曜日に大学院に進学するために必要な試験が終わったらM教会のESLにも復帰したいと言っていたので、おそらく試験が近いのだろうと思った。本当によく勉強しているので感心してしまう。いつものことながらなんでも直前にあわてて行動する自分を情けなく思う。

今日のレッスンはドロリス先生が旅行でお休みのためジョン先生のくラスと合同になった。ジョンのクラスはリン、ユエン、シーンが一緒のクラスだった。リンはジョンの家で個人レッスンを受けているとのことで、私も先生に興味があった。先生はNYにずっと住んでいたそうだ。発音がとても聞き取りやすい。

自己紹介をして私が日本人だとわかると、先生から日本への国際電話のかけ方を教えて欲しいと聞かれた。が、私はいつもKDDのクレジット通話を利用しているため、正式なかけ方がわからなかった。先生は昨年までレッスンに来ていた日本人のYさんという女性に電話をかけたいそうだ。実はこのYさんはM教会のESLにも来ていた人らしく、そしてM教会のESLには同じ名前のYさんがおり・・・他の韓国人女性にM教会に来ているYという日本人に手紙を渡して欲しいと頼まれたことがあった。結局名字が違っていて人違いだったのだが・・・・。ここにも帰国したYさんを慕っている人がいるのね・・と、Yさんは幸せな人だなと思ってしまった。先生は「Yは英語を話したがっていたから電話して会話しなきゃね。メールもあるけど、話さなきゃ」と言っていた。実はテリー先生の家に行ったときも、「以前ふたりのYが遊びに来たのよ」と聞いた。私の知っているYさんはとっても人気者。もう帰国したYさんもきっと社交的な人なんだろう。

帰宅後アメリカから日本への国際電話のかけ方を調べた。

国際電話識別番号 : 011

日本の国番号 : 81

日本の相手先の番号 : 012-345-6789の場合、最初の0を取る。         

つまり : 011-81-123456789

と言うことらしい。

Yさんは先生に市外局番の0から始まる番号を教えていて、先生はこの0からかけているから通じないと言うことだ。来週のレッスンもジョンのクラスと合同なので来週教えてあげたいと思っている。いやいや本当にYさんは幸せ者だな・・。

| | コメント (0)

2008年3月26日 (水)

仕事4日目

今日は9時半から。

旦那は「俺は今日はゆっくり行く」とのことで、まだ寝ていた。

ラボについて少し早いがカレンに顔を見せにいくと、昨日作った培地をチェックしている。。が、どれも酸素が入っていて使えないようだ。培地の色はグリーンが良くて、透明は大丈夫でピンクが駄目。私のはほとんど透明っぽいんだけどどうやらピンクがかった透明のようだ。2個くらいはOKのものもあったけど・・・。ものすご~~いショック。とりあえず、今日はカレンが前に作った培地を使って植菌することになった。

いや、何が悪いのだろう。。そこがわからないと次にまた失敗しそうだ。今日、カレンがノートの培地の配合と手順をきちんと活字で打ってくれてプリントしてくれた。それをじっくり見ると、Na2S関連の試薬を入れる順番が違っていた。そこが原因なのかな?ボイルして室温に戻した後に入れるらしい。ここかもしれない。。。しかもその試薬のストック液のことをreducing solutionというらしい。ってことは・・・。昨日は文字が全く読めなかったのだった・・・。

カレンのとても良いところは放置主義のようだけど、実際よく見ているみたいで、たぶん、彼女は順番が間違ったことに気づいているんじゃないかな。。。でも、いちいち言わないのね。そしてちゃんとPCでレシピを作ってくれるのが優しいね。

で、今日は嫌気性細菌の植菌の仕方を教えてくれた。注射針を古い培養液が入った瓶のゴム栓のところにさしてそこから培養液を吸い出すんだけど、その前にN2が入った瓶にシリンジをさして1回フラッシュ。ひとつひとつ本当に大変だ。抜き取った培養液を新しい培地に入れて終了。カレンは「できそう?何か質問は?」と言って、私もこれは大丈夫だなと思い「大丈夫」の意を英語だかジェスチャーだかで表すと、彼女はその場から立ち去った。

そしていよいよ作業。まずは瓶のふたをエタノールをつけて焼いて、注射器をN2でフラッシュして、古い瓶を焼いて、注射針を刺して・・・。この注射器を使うのがどうにも苦手だ。ゴム栓が固く固くて、まず刺さらない。しかも抜くときも抜けなくて針の方を持って力一杯、かつそおっと抜かないと培養液が飛び散るのだ。本当に、大変。固いの何のって、臭いの何のって・・。あと、心配性で妄想力豊かな私には『針が折れたらどうしよう。こわい。』ってのが頭を巡って内心びくつきながら仕事をしているのだ。なので余計に疲れる。

でも、作業は意外と早く終わった。終わった物をカレンのところに持って行き、インキュベーターで一晩、静置培養。

次はカレンが以前抽出してあったDNAをPCR。これもGoTaqだと準備が簡単でさくっと終わって今日の仕事は終了。昨日遅かったからと言うことで、今日は早めに帰宅。

が、帰る前に旦那に雑用を言い渡され10分ほど雑用してきた。

ところで、ここのラボはものすご~く古い実験道具がわんさかとある。旦那の使っているガスバーナーがその一つ(だと思う)。スタンドマイクみたいなすごい物。おまけにチャッカマンみたいな器具がこれまた不思議。私は初めて見たけど、チャッカマンはなかなか良い感じ。こっそり日本に持って帰りたいが・・・。後ほど写真を撮ってアップしたい。。

| | コメント (0)

2008年3月25日 (火)

仕事3日目

今日は11時出勤。何でも火曜の朝、カレンは用事があるようだ。

11時前にラボについてカレンに顔を見せると「今日はこれをやるよ、書き出してみた」と言った。

1.嫌気性細菌用の培地作り。

2.金曜日のPCR productsの確認

3.金曜日に電気泳動したアガロースゲルのチェック

とのこと。「まずはアガロースゲルを作ってね。ゲルの場所覚えてるよね?」と聞かれたらしいが、最初の方が聞き取れていなくて『ゲルってどっちのゲルだ?金曜日のゲルの場所は知らんぞ??』と心の中で思って「ノー」と言ったら、カレンは不機嫌に・・。ひょえっ!「カモン!」と不機嫌な感じでくるっと向きを変えて歩き出した。『こわいよこわいよ・・(T T)』と行き着いたところは55度のインキュベータの前だった。で、ゲルの入っているフラスコを取り出すと中味が入っておらずカレンは変な顔をしながら「ゲル溶かすところからね」と言って立ち去ろうとした。が、私は試薬の場所やどこで量るか知らないので「アイドンノーホエアー」とその後はジェスチャーで聞いてみた。するとアガロースはゲルステーションにあって、「量るのはこっちよ。あとすべての試薬はここにあるからね。」とカレンの実験部屋の奥にある試薬室のような1.5畳ほどの小部屋に案内された。そしてカレンはさっさと立ち去った。

とりあえずゲル作り。日本では毎回ゲルを作るなんてしていなくて、面倒くさがりな私は作り置きが基本。固まるまで待っているのがねぇ。。仕事量が違うしね。まあ、ここはのんびり、ボスの方針に会わせることにして、こっちでは作り置かないことにした。

さてアガロースを溶かすに当たって、電子レンジが見つからない。アイザックやノハに聞くのもなんなので、旦那の実験部屋に行き、レンジは何処にあるの?と聞くと「みんなはオートクレーブで溶かしてるよ。俺はレンジだけど。」と言っていた。「でも、どっちでもいいはずだからレンジでやる!」と言い張ってレンジの場所を教えてもらいチンした。レンジのターンテーブルはほぼ半分に割れていて回らない。しかもフラスコの底にこびりついたゲルがなかなか溶けなくてイライラ。このひからびたゲルは金曜日からの残りが干上がった物ではないか??と頭をよぎった。だとすると、20~40mlは残っていたような・・・。ひえっ!ちょっと濃くなったがまあいいかぁ~~。「なんか濃くない?」と言われたら1g/100mlにしたと言い張ろうと心に決めた。決めとかないと余計なことを言いそうなので・・・。

で、ゲルを型に流し込んだところでカレンが来て、「次は培地作りだけど、まず金曜日のゲル見ちゃおう」とのことでエチブロから引き上げて冷蔵庫に入れてあったアガロースゲルをトランスイルミネーターの上に直置きで、実験室の電気を消してイルミネーターのスイッチをオン。一応マーカーの上の方と同じくらいの位置にバンドが見えた。マーカーのサイズがよくわからないけど、高分子量のところってことなんだと思う。一応DNA(ゲノム取ってたのかと、そのとき初めて気づく)は取れてたと一安心。しかもエチブロで染めたゲルを引き上げておけば保存できるとは初めて知った。自分としてはゲルにエチブロを入れる方が好きだけど、エチブロの処理の関係とかラボの方針に合わせるようにしている。エチブロ入りゲルでも電気泳動後に取っておいて後から写真を撮るなんてことをしたことがなかったので、ひとつ覚えた。ゲルをバッファーから引き上げることが大事なのかな。

チェック後はエチブロ液がついたトランスイルミネーターを拭き取ることもせずにゲルだけ捨てて終わり。ちなみに(今日は??なのかな)写真も撮らない。しかもこの機械もゲルをのせるガラス?面が割れていて長方形のガラスの長い方に平行に2本ヒビが入っている。うーむ。本当にお金がないラボなのかな?日本のラボならここまで壊れかけてたら新しいのを買うと思うんだけど・・・。まあ、どうにかぎりぎり使えないことはないからありなのか・・。など考えつつ次の作業へ。

ところで、ここの大学(ラボ?)はエチブロ付きのゲルやグローブは危険ゴミだがエチブロ液は流して良いのだ。本当に?と思いながらどこかで浄水しているかなということでそのまま流しに流した。

培地作り。これが大変な作業だった。まずはカレンのノートを貸してもらって書き写した。が、くせ字で読めないことが多く、最初からいきなり躓いた。やっと写し取り試薬室へ行って秤量開始するも、試薬探しに手こずる。どこのラボに行っても最初は試薬探しって時間が掛かる。が、ここはアメリカ。当たり前のように試薬は英語表記なので・・・。私が今まで在籍したラボは全部日本語名?で分類されていたと思う。一つ一つ英語に変換して探すので本当に大変だった。今後は日本でも意識して英語読みするべきだと今までのやり方を反省した。

8つの試薬を探して量り取るのに2時間以上掛かった気がする。(合間に電気泳動などはしていたがたいした時間は掛かってないし。。。)YEと書かれた文字がおそらくYeast Extractだとは思うけど確認しないといけなくてカレンはお昼にいっているようだったのでアイザックに声をかけて確認したり、NO2Sと書かれた試薬が見つからず、旦那にこっそり聞くも旦那も使ってないとのこと。その試薬探しに30分以上費やしたような・・・。カレンは相変わらず見あたらないのでノハに聞いてみると「ホニャホニャホニャ・・これはNa2Sのはずだからここだよ。」とその試薬が入っている冷蔵庫に案内してくれたところ、そこに偶然カレンがいた。どうやら冷蔵庫の隣のドラフトの前でTLCをやっている(のを見守っていた?)のか電話をしていたようだ。

で、カレンに「この試薬は?」みたいな展開になり、結局はNa2Sで良かったが「アイザックのノートにはNa2SのことをNO2Sと書いていたからあってるはず!!」とちょっといらつき気味にノハに言い返していた。まあ、それはどうでもいいが、結局その試薬と別の試薬を一緒に溶かしたストック液が作ってあったことを後に知った。今日は先に1種類の試薬を入れてしまったのでNa2Sを量って入れることにした。後々よく考えるとNO2Sっていう化学式はあり得ないはず?だった。やっぱり私はテンパっていたに違いない。

Na2Sは(たぶん初めて使った気がする)すごい潮解性で、試薬瓶の中は溶けはじめの氷のような感じになっていた。こりゃ、適当に量ればいいやとちょっと多めに量り取ってフラスコに水で流し入れた。すると、フラスコの中の試薬が溶け始めて、温泉場のにおいが。ほほー。。。こんな培地は初めて作った。が、これで終わりではなく、まだまだ大変な作業が残っていた。

嫌気性の培地のため脱気しなければならず、空気酸素が入っているとピンクになる指示薬を加えた後に一度ボイルする。その後N2ガスを送りながら氷冷して室温に戻し、pHを調整後小瓶に分注して(これまた小瓶にもN2ガスを送り続け)ゴム?栓で密栓してアルミのキャップで打栓する。

いや~この作業で本当に死ぬかと思うほど疲れ切ってしまった。しかも今日は11時から13時までの2時間しか働かない予定だったのでお昼も食べてない。涙。

ガラスのピペットを培地を吸い上げる前にN2ガスを吸ってフラッシュ(とも洗い?)してから吸い上げる。それを分注、素早く、打栓なんだけど、小瓶の中でN2ガスが強すぎて培地ががんがん飛び散るし、ゴム栓がちゃんと入らなくて力でねじ込まねばならず、年寄りには本当に辛い作業だった。指にまめができた。旦那がこのラボで働き始めた頃、疲れ切っている日が何日も続いて「手が痛い手が痛い」と口にしていた理由が今わかった。私は22個分の作業を14時から初めてなんと終わったのは16時過ぎ。信じられな~~い。本当に疲れた。1本に5ml分注したので1Lも作った培地の残りはそのまま廃棄。しかも、小瓶に移したところ、培地がピンク色に・・・。ピンクだと酸素が入っていることになるそうだ。本当に泣きそうだった。が、これからやり直すわけにも行かないし、オートクレーブで脱気出来る場合もあるからということで、そのまま、オートクレーブにかけて帰宅することにした。本当に疲れ切った。

旦那も一緒に帰ると言うことで学内のバスにのりアパートにつくとそのままワッフルハウスに向かった。またか。。と思いつつもすご~く空腹だったのでたくさん注文して完食した。本当に疲れた一日だった。

ちなみに、PCRの結果はポジコンはバンドがあって自分が抽出したDNAはバンドがなかった。カレンは「やっぱり培養液が古かったのね」と言っていたが正直何やってるかよくわからないのであまり気にならなかった。確かに昨年9月に培養した菌体だった。。。

| | コメント (0)

2008年3月24日 (月)

洗濯室の憂鬱

今日は2時間半以上洗濯待ちだった。

いつもは月曜日の午前中はESLに行っているのだが今日は春休みで、旦那もいつもより早く出勤し送り届けて帰宅後すぐに洗濯室に向かった。すると、4台とも稼働中。

残り時間を見てまた出直すとまた4台稼働中。同じ洗濯物に2回洗濯機を回すおばちゃんがいたなと思いつつ、部屋に戻り待機。

そして時間になってまた洗濯室にいくと、中国人のおばちゃんが。。ふたを開けているので出すのかなと思っていると、中の洗濯物をさわってみてはふたを閉めてリスタート。えっ!?まだ回すの??どうやら2回ずつ回すのは洗剤がよく濯げていないからなのではないかと勝手に判断するしかなかった。そして1回の洗濯で2サイクル以上回していて今は今日2回目の2サイクル目だったようだ。ひえ~~~。溜めすぎだよ。。。おばちゃんは私に中国語で何か言っているが全くわからない。も~~。私が英語で話しても英語とも思っていないようだ。

今日4回目、洗濯室に行くと同じおばちゃんがまた新たな洗濯物を4台に入れている。まじでぇ~~~~。また2回回すのかしら・・・。

わかってはいるけどまた終わる時間に洗濯室に行ってみた。今日5回目。すると、1台開いたから使っていいと言ってくれたので使おうと思ったが、洗濯室にメルフィンもいたので、彼女が朝からずっと使っていると英語で愚痴ろうとした。が、全く通じず。うだうだ話しているうちに、他のアジア系の若い女の子が入ってきて、開いていた1台をさっさと使われてしまった。が~ん。バチがあたった???がっくりしてすごすご部屋に戻った。

時間になって再び洗濯室へ。今日6回目。今日はとっても寒い。洗濯機は止まっていたがおばちゃんは来ていない。ちょっと待っていたらやってきて、さっさと洗濯機の中味を出してくれた。ジェスチャーで使っていいか?と聞いてOKだったのでやっと使えた。私も3台回したかったので3台一気に使うことにした。

結局最初に洗濯物を持って行ったのが朝9時過ぎ。洗濯開始が12時前だった。ひょえ~~。いつもはこの時間はESLに行っているのでこんなにすごいとは知らなかった。しかし、ちょっと洗濯物を溜めすぎなのではないだろうか。かといって、洗濯機にぱんぱんに入れて回しているわけではないけど、洗濯機12回分、2回ずつ回すってさ・・・。タダだからだろうけどさ。。怒りますよ本当に。。

この洗濯場は本当に面倒で、洗濯が終わって乾燥を忘れていると、たとえ10分後でも他人が洗濯物を出してしまうこともあったり、前の人の終了時間から5分後に洗濯室に行くとすでに他の人に使われていたりと、スムーズに行かないことが多い。タイマーが必需品だ。私もだいぶ強くなって忘れてる人の洗濯物は出してしまうこともある。たまに、その洗濯物が放置され続け3日後もそのままだったなんてこともある。外国人は適当な人が多いようだ。他の建物に住む知り合いの中国人がうちの建物まで洗濯物を持ってきているのを見たこともある。(←やめてよ!って言いたい)ただ、ここ数週間スムーズだったのでそのツケが回ってきたのだろうか。こんなに行ったり来たりしたことはなかったので、洗濯が終わってほっとした。しかし、共同の洗濯場って面倒くさい!!あー、早く日本に帰りたい。。

| | コメント (0)

2008年3月21日 (金)

仕事2日目

今日は2日目。

出勤してからPC室にいるカレンに顔を見せると、なにやら話し込んでいる様子。私に気づいて人差し指をたてて目配せした。おそらく「ちょっと待ってて」って意味だと思い実験室に戻って待機していた。しば~らくしてカレンがやってきたので「今日はチェックを持ってきました」と話すと、実験のスケジュールの合間に事務所に行こうと言うことになった。

今日はDNA抽出はせずにアガロースゲルでDNAを確認してPCRをするとのこと。で、カレンのいる実験室へ行きまずはゲルを造る。アイザックのベンチの隣がゲルステーションになっているようで、何年前のものだろう?っていう妙に大きなパワーサプライが1つと小ゲル用と大ゲル用の泳動槽がひとつずつあった。へぇ、これしかないのかぁ・・・。ちょっと意外だったがここのラボでは恒常的に使う物ではないようなのでまあそんな物なのかなと思うことにした。どうりで旦那は自分でmupidを買ったわけだわ。。ゲルは溶けている物がインキュベーターに入っていてそれを流し込んだ。

ゲルが固まるまでの間にチェックの番号を書類に記入し、チェック1枚に「VOID」と大きく記入して添付した。それらを事務室まで持って行くと、給料の口座振り込みのために私のSocial Security Numberが必要だそうで、電気泳動を流し、染色までやって、PCRを仕掛てからSSNオフィスに行くことになった。

泳動はごく普通にやったけど時間を見なかったので実際何分流したかわからなかったのがちょいと失敗。電圧をチェックしようと思ったけどたくさん目盛りがあって、何V流しているのかよくわからなかった。でもカレンが最初に説明したときは10分泳動と言ったので結構な高電圧で流しているように思われた。実際は10分以上流していたと思うが。。。染色はタッパに水を適当に入れて、エチブロを15マイクロ入れた。感覚でやってるのかなぁ。電気泳動中にDNAの確認をせずにPCRの準備をした。GoTaqを使って混ぜるだけ。サーマルサイクラーもMJ researchの物だけどちょっと小さくて500μのチューブが24本か12本くらいしか入らなそうな感じ。そして本体のふたを開けたまま外付けの重しのようなふたを乗せてプログラムスタート。なんだかよくわからないけど、内容を理解する必要がない立場なのでスルーすることにした。

その後カレンの車で色々事務系を回ってからSSNオフィスへ。いや~、本当に彼女に感謝の一日だった。SSNオフィスでは申請用紙の書き方から彼女が次々教えてくれるので非常にわかりやすかったし、その前の大学の事務関係も彼女がいなかったら泣きたくなるほど大変だったに違いない。待ち時間に色々話もできたし、楽しかった。しかし、年齢がカレンにばれてしまいアンビリーバブルを連呼され困った。意識して若ぶっているわけではないので少々辛かった。でも、カレンはさばさばしているので年齢関係なく色々とアドバイスをしてくれるので助かった。

カレンとは会話がかなり通じる。彼女の言っていることは8割は理解できている。ゆっくり話してくれているし、私の適当な英語は彼女はちゃんと解釈してくれているようだ。話していてわかったのは彼女にはアジア系の友人が結構居るということだ。ノンネイティブの英語を知っているので一応私の英語も聞こうとしてくれているようだ。たくさん話せて良かった。帰国までにはもっとスムーズに会話ができるようにならねば・・。

この2日間「かまやつのO.K.はnot O.K.の意味のO.K.よ。言っていることがわからなかったら何でも聞き返して。本当にO.K.の時は元気に言うの。」と数回言われた。どうもよく聞き取れなかったときの私のO.K.はネガティブな答えになっているようだ。American EnglishというESL(独学用)の教材を勉強していてアクセントに関する項目がやたらと出てきて、同じ意味の単語でもポジティブ、ネガティブな言い回し方があると言うことが何度も出てきている。何となくその意味がわかった。自分としては聞き取れなくてもこの場面ではオーケーなはずだからと思って口に出した言葉だが、いまひとつ理解できていないことが正直に声色に出てしまっているようだ。だからカレンにも理解してないことが伝わってしまっているのだ。おもしろい物だと思った。こんなちょっとちょっとのことが、とても楽しく英語をもっと話したいと思わせてくれるので、働き始めたことは良かったんだと思った。ESLに行くよりも得るものは大きいように感じる。が、カレンとたくさん話すのも最初だけのような気がしなくもない。。。

| | コメント (0)

2008年3月18日 (火)

仕事始め

今日から仕事が始まった。

教授はニュージーランドに5週間の出張中だった。私の面倒を見てくれるのは博士課程の学生のカレンという女性だ。旦那から「あんたとそっくりでかなりきつい人だから。問題起こさないでよ。」と素直に「うん」と言えないようなことを言われていたので少々びくつきながら出勤した。

カレンはヒデとロザンナのロザンナさんを若くして丸顔にしたような感じで、背は低く160センチくらいかな。私よりかなり低い感じがするから160センチもないかもしれない。そして、ハナピアス。耳にももちろんピアス。耳の上の方の裏にもピアスをつけていたので、どうやってつけているのか気になった。

まず最初に学科のオフィスに行って、雇用契約上に必要な書類をもらいに行き、戻ってきてからペーパーワークとPCで大学のガイダンスを行った。毒劇物関係の扱いや大学や州での取り決めなどが書いてあって、じっくり読んだり流したりで1時間以上PCに向かっていた。簡単な言葉で書いてあるのだろうけどやはり語彙不足のため難しく感じた。

最後の方を読んでいるところで、書類を印刷しなければならないページが出てきたりして適当にやっているととばしてしまうので結構大変だった。結局私がチェックを忘れたために事務室に書類を出すことができなかった。

その時点で11時半。カレンが「今日は仕事どうする?」と聞いてきたので、やる気を見せて「少しやります」と言ってみた。仕事は嫌気性好熱菌のDNA取りとPCRなのでとりあえず今日はDNAを取ることにした。このキットを使ってと渡されたが中味がほとんど入ってない状態で箱の中に一緒に入っていた試供品をやりくりしてやっと2サンプル分残っていたので2サンプル分抽出してみることにした。プロトコルをチェックしたり、色々準備していたら12時を回ってしまったので取り合えずお昼を食べに旦那と一緒に食堂に行った。

食堂はビュッフェ式だけど、ひとり9ドルちょい。高い。好きな物が選べるし、デザートやコーヒーなども好きなだけ食べられ、ワッフルを自分で焼くこともできる。学生は1500ドル近く払い込めば1年間朝、昼、晩といつでもフリーパスで入れるようだ。わが家はそこまで利用しないからたま~に行ってみては入り口で高いお金を払っている。

食後にDNA抽出を始めた。なにしろお道具がないので旦那のを借りたり、他の実験台においてある遠心機を持ってきたりと結構面倒だった。実際に抽出作業は30分も掛からなかったが終わったら3時半。カレンはTAで学生実験室にいたので置き手紙をして帰ることにした。外は土砂降りの雨で傘は持っていたもののバス停まで行くまでに膝下がびしょ濡れに。おまけにバスも10分ほど待ったし来たバスは学生で激混み状態。人が降りて空いた二人がけの席に相席で座ったが隣の男性が変質者っぽい動きを見せたのでいらだった。たぶん彼は嫌がらせでわざとやっていたと思う。むかついたが無視するしかなかった。

帰宅後に雨はすぐやみ晴れ渡っていた。このめまぐるしく変わる天気がどうにも好きになれない。。。

| | コメント (0)

2008年3月17日 (月)

冷蔵庫壊れる

昨日の朝、冷凍庫を開けるとなんだか様子がいつもと違っていた。よくよく見ると、冷凍食品の袋の周りに水滴がたくさんついていて、さわってみると、すべてくにょくにょに・・。製氷皿の氷も水になっていた。はじめは扉が開いていたのかなとも思ったけど、どうやら今回は違うように感じた。とりあえずしっかり扉を閉じて様子を見ることにした。冷蔵庫は多少冷えているものの外気とそんなに変わらない気がした。数時間後中を確認してみた物のやはり凍る様子がないので、壊れているものと判断した。

冷凍庫の中にはお気に入りの便利食材がたっぷり入っていたのでかなりショックだった。しかも昨日(日曜日)にHスーパー(韓国スーパー)に買い出しに行き、冷凍食品は買わなかったものの、野菜などをたくさん買い込んでいたので、解けてしまった生ものと大量に買い込んだ野菜を上手いこと消費しなければならなくなり、困ってしまった。とりあえず、冷凍のえびやホタテは火を入れてあまり冷えていない冷蔵庫に保管した。冷凍野菜は炒めたりしてみたが解けきって水でぐちょぐちょになっていてびっくりするほどまずかったので大量に捨ててしまった。

今朝旦那を送っていく途中で寮の事務所に寄って冷蔵庫が壊れたことを伝えた。旦那を送り届け家に戻るとメルフィンが来ていた。で、まずは直してみたいらしく、冷蔵庫や冷凍庫の中味をすべて外に出されてしまった。昨日のうちに生ものに火を入れておいて良かったと思った。メルフィンは小一時間ごそごそやってから食材を戻し、お昼休みが終わったらまたくると行って帰って行った。

午後2時過ぎにメルフィンがきて冷凍庫を確認したがやはり直っておらず、別の物と交換することになった。4時頃持ってくると言って帰って行った。

4時半頃、メルフィンが黒人男性たちとともに冷蔵庫を運んできた。新しい物かなと思ったがそれは甘い考えでどこかで使われていた物のようだった。汚い汚れがたくさんついていたが庫内は日本で言えばマジックリンのような物で拭いてくれたようで、その洗剤の臭いがぷんぷんしていた。冷蔵庫は冷えた物が運ばれてきたのですぐに中味を移し替えたが、結構量が多くて大変だった。運んできてくれた若い黒人男性がアジア人の冷蔵庫内を見るのが初めてだったのか、私が中味を移動させる様子をガン見していたのでちょっと恥ずかしかった。しかも彼はパーカーのフードをかぶったネズミ男状態だったので、尚更その様子がおかしかった。ちなみに冷蔵庫には大きなキムチの瓶と大きなコチュジャンの箱が入っていたので日本人だと知っているはずのメルフィンも私を韓国人だと思ったようだ。

夜7時過ぎにゴミ出しに外に出たらまだ黒人さんたちは働いていて(誰かの引っ越しの手伝いかな・・)私に気づいて手を振ってくれた。こっちからも何か言いたかったが英語ができないので諦めてほほえみだけにしておいた。黒人さんは会釈していた。こんな時、英語が話せれば・・って本当にもどかしく思う。

ところでアメリカに来てからよく黒人男性から会釈をされる。黒人の文化に会釈があるのかなと最初は思ったけど黒人女性からはされない気がする。と言うことはアジア人だからバウしてくれるのか。よくわからないが本当に黒人男性からお辞儀をされる率が非常に高くて不思議でしょうがない。

お辞儀についてウィキペディアで調べてみた。お辞儀は東アジアでは特に日本と韓国と中国のごく一部に顕著に見られる伝統的な挨拶、お礼、謝罪の行為と書いてある。確かに中国人はあまりペコペコ頭を下げないなとは思っていたが。。また、宗教的にお辞儀に関して記述があるが、以前ESLで「日本人や韓国人はバウする習慣があるんだよ」ってキム(韓国人)が話したときにトルコ出身のノーランがびっくりしていた理由がわかった。イスラム教ではお辞儀は神に対してのみ行われるものであり、人間に対するお辞儀は忌み嫌われているとのこと。そりゃ、びっくりするだろうね。私もびっくりだ。

| | コメント (0)

2008年3月15日 (土)

時差ぼけ

先週の土曜日?からだったかサマータイムになった。

が、これがあまり得意ではない。今日も起きられなかった。言い訳がましいが朝7時はまだ暗いのだ。今までの朝6時に当たる。その分、夜7時半くらいでも明るくてやっぱり変だ。

ESLのパーチーで知り合ったKさんの旦那様はアメリカ人だそうだがその旦那様でさえサマータイムはおかしい、なんのためにこんなことするのか?と毎年言っているそうだ。

10月にこちらに来たばかりの時も、朝が暗くて夕方が明るいので気持ち悪かったが、またそれに戻ったのだ。日本と同じ感覚の日の出、日の入りとはもうしばらくお別れと言うことだ。年のせいもあってか体が慣れないのでちょいと辛いのだ。

| | コメント (0)

2008年3月12日 (水)

ESLのパーチー2

今日はESL冬学期?終わりのパーティーがあった。学校が春休みに入っているためか出席者はとても少なかった。今日はYさんの他にもう一人の日本人がいて、ちょっとうれしかった。

Yさんは相変わらずステキな物を作ってきた。どらやき。しかもかわいいくラッピングされていて味も美味しかった。おいなりさんがあったのできっともう一人の日本人のKさんが作った物と思われた。

私は、悩んだあげく唐揚げにした。実際、唐揚げを作ったのはこの40年近い人生で3度目だった。しかも2度目は昨夜だし・・・。でもまあまあのできだった。朝、準備して夕食の分(二夜連続唐揚げcoldsweats01ってこと)も揚げてしまったので、結構時間が掛かってしまった。でも夜が楽ちんなんだよね。

でも、本当に人がいなくて25人くらいかな。前回は大勢出席していて、大量に食べ物が余っていたため、今回私は小さめの唐揚げを20個くらいだけ持って行ったが、あまりにも少なかったみたいだった。全員には行き渡らず、人数が少なめでお菓子を持ってきた人が半数くらいいたようで・・・。前回のクリスマスパーチーの時はやたらと「米」が多かったので、私は肉にしたんだけど。なかなか難しいものだ。ノーランのことを考えて豆腐料理にしようと思っていたが、結局彼女は来ていなかったのでよかった。

ただ、今回は料理をじっくり楽しめた。タイ人のエモンがパッタイを作ってきて美味だった。私がヤムウンセンが好きだと言ったら次回はヤムウンセンをつくってくれるそうだ。フフフ楽しみ。あと最高に好みの味だったのがラオス出身の女性が作った鶏肉料理だった。蒸してさいた鶏肉を魚醤と唐辛子とレモングラスとパクチーであえた物らしいけど、最高!!に美味しかった。いや~調味料をもっと詳しく教えて欲しかったけど私の英語力が乏しいためよくわからなかった。かなりタイ料理に近いと思った。その人は英語も堪能でタイ語もぺらぺら。すごいの~。

今日もシルビア先生と一緒のテーブルに座ったので、次の学期から先生のクラスに戻ると話した。が・・・先生は今学期で辞めてしまうそうだ。私はかな~~~~りショックを受けてしまった。私がレベル1に移ってから昨年までレベル2にいた中国人も2人レベル1に移ってしまったのだ。二人とも久々に来てみたらメキシコ人だらけになっていて、あわててクラスを移ると言った感じ。さらに、1月に私がクラスを替える理由になったメキシカンたちはほとんど来なくなっていた。先生は疲れちゃったのではないだろうか・・・。みんなクラスを離れていって辛かったんじゃないかな。。。でも先生は家族の世話をしなければならないからしばらくこれなくなるからというようなことを言ってた気がする。勝手に旦那さんが病気でもう長くないって聞き取っていたけど、家に帰ってよくよく考えるとそんなことあの場で話すかな?って思うし、なんの根拠もないので幻聴かもしれない。ただtake careと言う言葉は聞き取ったので、誰かしらの介護をしなければいけないのだと思う。

でももし、あのとき私がクラスを替えなかったら、1月の新入生のメキシカンたちはやめていなかったかも知れない。変な話、人間の心理ってそんなものではないのだろうか。ひとり迫害?された立場がいれば余裕もてちゃう人っていると思う。でも結局メキシカンだけで授業をすることになって、ぽろぽろと落第していったんだと思う。あとおもしろいことに、特に私と目も合わせない、挨拶もしなかった人たちが2月後半にはいなくなっていた。私も彼らのことはちょっと嫌いだったので意識が低い人は長続きしないんだなっと意地悪な感想を持った。

今日のパーチーにはうちのクラスはマリーナ姉さんが来ていた。彼女は月曜日のクラスを途中で帰ったため、まさか他のメキシカンが来ないとは思っていなかったのだろう。まあ、10人弱ほどいた他のクラスのメキシカンのテーブルに入ってわいわいやっていたので楽しんでいたのだろう。今まで、会話したことがなかったが、今日は彼女はクラスの仲間がいなかったこともあり、私が手を振ったらちゃんと答えてくれた。何作ったの?とか少し話しができた。マリーナ姉さんはアルゼンチン出身で見た目はイタリア系だと思う。すごいステキなのだ。服のセンスも抜群でかっこいい。なんだろう。メキシコ系とは全く違う感じ。メキシコ人もステキな人はいるけれど。今日はファー付きで濃紺のダウンジャケットがすごくかわいかった。胸に小さなマークがついていたけど、目が悪くてよく見えなかった。アバクロっぽいけどここ数年アバクロでは出してない感じのデザインで、アバクロだとしたらボーイズかななんて思った。ダウンの中はジーンズと白いシャツとグレーのロングカーディガンにパンプス。普通なんだけど、かっこいいのはやっぱり顔立ちとスタイルかな~。身長も170センチ以上はあるだろうし。いや、ほんと毎回毎回ステキすぎてこっそりじろじろ見てしまっているのだ。私でもできそうな服装なんだよね。そこが注目ポイントでもある。本当は何処で買った服なのか?聞きたいのだ。でもね、そういうのって嫌だろうし・・・。彼女はアメリカに来てまだ2ヶ月なのでアルゼンチンで買ったものかもしれないな。かなり気になる。見習って、帰国後に生かしたいものだ。

| | コメント (0)

2008年3月 3日 (月)

メロン祭り2

BHB教会で無料でくれる新聞の中に、またしてもメロンが激安の広告を入手した。以前メロンを買ったスーパーだ。XLサイズが1個1.88ドル。こりゃ買いに行かねばと車を飛ばした。が、見た目いまいち。前回ほど大きくないし、何となく古い感じ。とか言いつつもなんと5個も買ってしまったcoldsweats01前回は少し若めだったので少々古いくらいがいいのではと自分を納得させた。

帰って1個切ってみた物の甘みが薄く、旦那の食いつきも悪かった。ふーむ。結局その日は半分を二人で食べた。次の日に残りを食べた。

その後キッチンにゴロゴロと転がるメロンを横目にグレープフルーツばかり食べていた。メロン購入後4日経ち、ふとメロンに目をやるとごつごつにくぼんだり、カビが生え始めていたshockなんとっっ!あわててカビている物からカッとして皮を落として冷蔵庫に入れた。ひょえ~。その日から毎日夕食後にメロンを一人半個分ずつ食べるようにした。カビが生え始めたメロンはなかなか甘くて美味しくなっていた。だからかな、wal-martにも日本だったら誰も買わないだろうなっていう見かけのメロンが売られているのだと思った。本当にすごいのが売られているのだ。

途中まで順調に平らげていったが(といっても2日間だが)、残り2つになったところでメロンの形相がかなりひどくなってきていた。こりゃ今日中に2個さばかなきゃと思わせられた。そこで2個ともカットし、ジップロックに入れて冷蔵庫で保存した。が、それでほっとしたのか、食べるのをまた2日ほど忘れてしまった。。。

思い出して旦那に食べさせたところ「まずい!」とのこと。私がカッとしながらパクついたときにはそこそこ美味しかったのに。と、1かけ口に入れると味がなくなっていた。何でだ??果糖が分解されてしまったのか?酵母が何かしたのか?でもアルコールっぽい味もしない。ただの柔らかいウリになってしまったようだ。空気に触れて化学変化が起こるのか??調べなきゃと思いつつも調べていないけど、欲張って5個も買って失敗したってことは確かだ。あーあ。

捨てるのももったいないのでハチミツをまぶして無理矢理食べた。なんだか、キュウリにハチミツをかけているようだし、ちっとも美味しくなかった。ちなみに旦那は完全拒絶で食べなかった。かなり反省。

やはりちょっと足りないくらいが一番美味しいのかもしれないと思った。

| | コメント (0)

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »