« 2007年8月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月

2007年10月 7日 (日)

到着7日目

到着7日目。

今日は車とお別れだ。午前中に買い出しに行き色々購入。前々から悩んでいたコーヒーメーカーをついに買うことに決めた。値段は一番安いもので8.97ドルだった。悩むほどの額でもないけど、とにかく出費が多く、しかも生活用品は私の貯金から出しているのでケチりたくもなる。旦那は留学中も日本の勤務先から給料をもらっているが、私は仕事を辞めてきているので収入がない。なのに、生活費のうち食費・雑費は日本にいたときと同様に私が担当なのだ・・・。なんだかなぁ~。もう。貯金的には1年間はどうにかなるけど、何しろ悔しくないか??まあここでケチケチしていると生活自体が楽しくなくなるので、気にしないようにとは思うけど・・。で、一番安いものを購入した。1年間だけだしね。コーヒーが飲めればそれでよい。日本ではカリタのドリッパー?を使って飲みたいときには手動で入れていた。でもwal-martではその簡単なものが見あたらなかった。探したりないのかな。それで、アメリカに来てから家ではコーヒーが飲めていなかったのだ。コーヒーメーカーと一緒に豆も購入。もちろん碾いてあるやつ。どれがいいのかわからなかったので、スタバのフレンチローストにした。炒りが浅いコーヒーは好きではなく、本当はフレンチも少し浅く感じてしまう。イタリアンかエスプレッソ用のコーヒーが好きなのだが見つからなかった。あとフィルターも購入した。少しだけ気持ちがほっとした気がした。しかし・・その後によったKrogerスーパーにプラスチックのドリッパーを発見した。2ドル。あーあ。でも電化製品が9ドルでプラスチックの漏斗が2ドルって。日本だったら間違いなく100均に行くところがダラーショップも何処にあるのかわからないし。。ダラーに売ってるかもわからないしね・・・。

午後、市内にあるAVISに向かった。場所は金曜日に学科のコンピュータでgoogle mapで調べておいたのでだいたいの方角はわかってはいたものの、一発ではたどり着けなかった。地図が荒いため道のどっち側にあるかわからず、結局は市内の大型モールの中にあったのだが通りからは見えないのでわからなかった。場所が見つかるまでの間、旦那と小競り合いになりイラだった。でも旦那が運転しているため私が黙るしかなかった。危険だし。。やっとAVISを見つけて返却。担当のおじさんにタクシーを呼んでもらって、タクシーが来るまでの間、私は買い物をした。といってもサンダルを買ったのみ。これから車なし生活がどうなるのか少々不安だ。

| | コメント (0)

2007年10月 6日 (土)

到着6日目

明日、レンタカーを返却するため、先々に必要なものを買いだめした。wal-martを2往復。米や醤油、トイペ、箱ティッシュ、調味料等々。。。今までは飲み水は買っていたが重いので、浄水器とフィルターをhome depoで1年分購入した。あー、お金が飛ぶように出ていく。。。。

一度、家に戻ると、郵便局の人が荷物を配達に来ていた。タイミング良くて良かった。日本から送り出した荷物が日本時間で10月3日の午前中に出してこっちの10月6日に到着するなんて、とっても早いEMS!料金がお高いけど、4日?ってことでしょ。早いよ。ただ、届いた荷物は主に衣類などが入った箱だったので調理器具などもなく不便は続く。しかも・・今のところ日本の食品を売っている店を見つけられず。家ではネットもできないので地理もよくわからないし・・。

| | コメント (0)

2007年10月 4日 (木)

到着4日目 international office受付嬢との戦い2

4日目。

昨日もらった資料の中に、J1,J2ビザや留学生のビザの人たちが、アポなしでハーガン女史に会える日が週に2日あることが記された紙が入っていた。火曜日の午後と、木曜日の午前。これに気づき、すぐにinternational officeに向かった。

エレベーターを降りてすぐに受付なのだが、おそるおそる入っていくと、あのおあっかない受付嬢がいなかった。旦那はラッキーとばかりに奥へ乗り込んだ。正直私はルール違反な気がしてまずいんじゃない??って思ってしまった。たくさんある小部屋をキョロキョロしながら奥に進むと黒髪の中年女性が「なんのご用かしら?」と優しく声をかけてくれた。するとあわてた様子で受付嬢が我々を制する感じで駆け寄ってきて、その女性に何か早口で伝えている。旦那は受付嬢に頭に来ている様子で彼女を遮って、自己紹介して自分の用件を伝えた。すると、彼女は優しく「部屋に入りなさい」と言ってくれた。そう、彼女がinternational officeのボス?ハーガン女史であったのだ。受付嬢は悔しそうに何か言い訳めいたことを言っていた(ように思えた)。

ハーガンさんは旦那のビザがらみの手続きや保険の手続きを淡々と進めた。すごい手際がよい。そして優しい。温かみがある人だ。ただ、大学の保険に入るためには大学のIDが必要とのことで、学科に戻ってIDをもらうようにとのこと。後々おもったのは、ビザ手続きが完了していないのにID番号はもらえないはず。でもIDがないと保険も入れないとのこと。不思議でならない。やはり、日本で保険に入っておく方が手続き的にはスムーズということなのか。今更だけど。まあ、ビザ関係の責任者が事の次第を理解しているので、とりあえず強制送還はなくなりそうだ。

ハーガンさんとのやりとりが無事に終わって、あとは必要なことはEメールでのやりとりをしていけば良いことになった。さらに私の労働許可をとるため必要な申請書類をもらってofficeを後にした。帰る際に受付嬢の前を通ったが彼女は下を向いたまま顔も上げなかった。本当に凄い人だと思ってしまう。アメリカ以外の国から来る人を担当する事務局にこんな意地悪な人がいるなんて。挨拶すらしないし。仕事人としてどうなのかね?と腹立たしかった。しかし、英語がしゃべれない人は人にあらずという言葉を身をもって知ったなとも思って、自分の未熟さにも腹が立った。

| | コメント (0)

2007年10月 3日 (水)

到着3日目 international office 受付嬢との戦い1

3日目。

まず、旦那がお世話になる研究室のボスに挨拶に行くことになった。そこで未完了の手続きなどをしなければならない。

ラボに行き、部屋を訪ねると、教授はおらず、部屋の入り口付近をうろうろしていると、白い布を頭に巻いた小柄の女性が声をかけてきた。そこで、旦那が「W先生はいますか」と聞くと、「今日は一日授業だよ」と答えた。どうしようか困っていると、偶然教授が休憩を取りにオフィスに戻ってきた。ラッキー。

そこで挨拶をして、成田空港で買った手土産を渡した(私が)。先生は私に「何でくれるの?」と言ってきたので「日本の習慣だ」と答えたが、その答えが正しかったのかはわからない。ただ、するっと「習慣」という単語が出るわけもなく、もごもごと、トラディショナルとか口走っていたら先生が「ジャパニーズ カスタム?」と言ってくれたのだった。あーあ、やっぱりダメダメよ。

旦那がビザ関係の手続きがまだ未完了であることを先生に告げた。保険がらみのことで、日本で入らずに、こちらの大学の保険に入ることにしていたのでその手続きを期間内にしないと、強制送還になってしまうのだ。私は実はまだ保険に入っていなかったことを知らなかった。さらに、insurance保険という意味の英単語も・・・。で、その時はいまいち何を話しているのかわかっていなかった。

先生と一緒に学科のオフィスがある別のフロアへ向かった。事務局に入るとまず一つめの部屋というか通路?というかにソファが二つあった。ソファの隣に大きなデスクがあって女性が座っていた。ソファの向かい側に小さな小部屋(納戸のようだ)があってそこに小さなデスクが二つあり、白髪のおかっぱ(カリメロ風)の女性が座っている。奥に進むと、別の部屋が隣接していてその入り口を迎える感じで大きなデスクが。そして、入り口の横に倚子があった。デスクの左手にまた部屋があって大きなデスクがあり、女性が座っている。さらに左に向かうと(つまり最初入ったところからコの字に進んだんだけど・・・って書くほどでもないか・・)他の部屋よりも豪華な部屋が。そしてキュートな女性がすごーいデスクに座っている。デスクの上には家族写真、子供の写真、旦那とのツーショットなどが飾られていて、いかにもアメリカ人の職場という感じ。仕事も家庭も充実しているのかなと思わせられる。あまりジロジロ見ちゃいけない気がするけど、ジロジロ見ていた気がする。

先生が事務局長らしき女性ナンシーに事情を説明して、international officeとのやりとりのメールを見せると、ここでは処理できないので、international officeに行くようにと指示を出した。。。私はよくわからずにただにこにこしているだけで、先生とともに事務局を後にした。帰り際にキョロキョロしていると、みんな壁やデスクに家族や子供の写真をおいていて、その写真の数の多いことに驚いた。TVドラマで見るアメリカのオフィスの様子とは違って、ここは家?小学校(の教室の壁)?というようなディスプレイにびっくりした。先生は、女性の扱い方?をよく心得ているようで、いちいち皆に声をかけ手を振って歩いていた。

そして、旦那と私はinternational officeへ向かった。しかもこのオフィスは学内にはなく、大通りを挟んだ向かい側のダウンタウンにあった。車で近くまで行き、オフィスが入っている、銀行の建物を探した。ナンシーが上手に場所を教えてくれたので場所はすぐにわかった。

international officeの入り口に入ると受付のようなデスクがあった。向こう側に、黒髪の白人女性(ヒスパニックっぽくも見える)が座っていた。が、顔を上げない。ハロー。と声をかけるが、チラッとこちらを見るがシカトしているようだ。(えっ!何この人!!と心の中で思ってしまった)旦那がもう一度、声をかけて、勝手に話し始めた。「ハーガンさんに会わせてください」と。ハーガンさんという人が留学生などのビザの発行をしている人らしい。しかし、彼女は「アポは取ったわけ??」とものすごい早口で言っていた(ように思われる)。アポは取っていないと伝えると、「会わせられるわけないでしょ!!!」と。そして、international office利用の手引きのような書類を渡されて追い払われた。さらに、そのときに手渡された書類の中に支払いが必要なものがあるらしく、旦那がその場で支払おうとすると「チェックかマネーオーダーで」と追い払われた。

正直、なんなんだろうか、この冷たさは・・とがっくりきてしまった。旦那はかなり落ち込んでいるように見えた。その時点でやっと私はことの重大さを知ったのだ。「入国後1週間以内」に必要な手続きが済まないと強制送還になってしまうそうなのだ。必要な手続き、今回の場合は、保険の手続きなのだ。それが、アポを取らないと駄目だなんて。まあ、当たり前なんだけど、すでに入国して3日目。そして水曜日。初日に泊まったホテルではインターネットはできたが、寮ではまだ大学のメールアドレスがないためネットが使えなかった。そのためメールでアポを取ることはできないし。電話でアポを取る自信はないし・・・。アポを取ったところで、今週中(木、金しかないじゃん)にハーガンさんに会えないとアウトなのでは・・・。

とりあえずチェックかマネーオーダーを用意しなければ。。とどんよりしながら銀行に入る。銀行の窓口(っぽくない窓口)にチェックかマネーオーダーが欲しいと伝えると、「口座を持っていない人には出せない」と言われた。しかたなく、他の銀行に行くことにすると、キャッシュディスペンサーのドライブスルーを見つけた。そしてそこに近づくと有人のところが一カ所あった。ただ、車ががんがん入ってくるのでなかなか係の人と話すことができなかったが、車がとぎれたときに声をかけると「そこの薬局のホニャホニャホニャホニャ。」と言われた。よくわからなかったが、薬局の近くに購入できる場所があるという風に夫婦そろって理解していた。

薬局の近くにはそれらしき建物は見つからなかった。そこで、旦那は「よし、口座を開こう」といい、二人で銀行に入り口座を作ることにした。これが、意外と簡単に開設できてしまった。私と旦那で別々に作ることにしたので、私も一人で銀行のお姉さんと話しながら手続きをした。住所があればパスポートを見ながらどうにか作れるようだ。そしてテンポラリーのキャッシュカードと小切手帳をもらった。旦那は口座に数百ドル入れて、すぐにマネーオーダーを購入していた。

そしてまた、おっかないinternational officeに向かった。そして、受付嬢に手続きのお金(なんの代金かは私にはわからないが・・)を渡して領収書をもらっていた。

どっぷり疲れながらそのままアパートに戻った。後々、ネットが使えるようになってからマネーオーダーについて調べたところ、薬局などで買えるもののようだった。銀行のドライブスルーで言われたのは「薬局に売っている」ということだったようだ。まあ、口座はあった方が良いので作れて良かったのだが、本当に英語が聞き取れないと不便だと思った。あとネットも。

| | コメント (0)

2007年10月 2日 (火)

到着2日目。

大学の世帯寮に入るため寮の事務所へ向かう。大学自体がとても大きくてよくわからない。昨日の夜に最初に何処に向かうかをネットでチェックして、とりあえずその建物に行ってみた。するとどうやらそこは世帯寮の事務所ではないらしかった。そこにいた人に構内地図をもらい世帯寮のオフィスの場所を教えてもらい向かった。

オフィスを探しがてら迷い込んだアパート群の駐車場で子供をあやしながら車に乗ろうとしていたブラピ似の男性を見つけ旦那が地図を片手に聞きに行った。ブラピ似の男性はとても感じよく答えてくれて、去り際にも何か声をかけてくれていた(が、聞こえなかった)。私はとってもうれしい気分で愛想良く手を振った。なんていい人なのかしら、しかもかっこいいし、育児にも参加しているし・・。と勝手にいろんなことを妄想した。

オフィスに着き旦那が入居の手続きをしてきた。戻ってきた旦那は「入りたかったアパートではないみたいだよ。」と言っていた。そのまま車でアパートに向かった。オフィスのすぐ近くで今度は迷うこともなかった。

部屋は1階だった。ドアを開けるともわっと妙な臭いが・・・。くさいというか何か香水っぽい感じだけど嫌いな臭い。とりあえず土足で部屋をみた。2LDK。床はPタイルばりだ・・。バストイレはうーん古いし、なんだか便座の裏が黄ばんでいてちょっと臭いような。床のあちこちにヤスデの死骸が・・・。ふーむ。キッチンは一応システムキッチンだけど何となく手作り風。単にものすごく古いだけかもしれないけど・・・。引き出しを開けると、うひゃ~~~~~~粉がたまっていてなんだか臭い!棚も油染みや何か食品の染み、臭いがすごい。どんよりしてしまった。臭い臭い言っていると旦那にしかられた。「汚くても安全と信用を得られたと思いなよ。すごいいい部屋だよ。」と。なるほど、納得。

その後、wal-martに向かい掃除用具と、寝床(簡易ベッド)と食料とTVなど生活用品を買った。自分の好みのものが欲しいと思っても来年の帰国時に捨てなければならないので安いものですべてそろえた。TVだけはまあまあイイものを購入した。しかし、お金が飛ぶように出ていく。。。

wal-martとアパートを何度も往復して部屋の鍵を開けようとしていると、初老(に見える)の白人男性が近づいてきた。「Hello! My name is メルフィン. My name is メルフィン. 」と繰り返す。私は一人だったこともあり、最初びっくりしたが「Hello!!! My name is KAMAYATSU. 」と微笑んでみた。「チャイニーズか?コリアンか?」と聞いてきたので「アイム ジャパニーズ。 カム フローム ニヤ トーキョー。」と言ってみた。(もちろん一回で通じるわけがなく、5-6回この台詞を繰り返したと思う。)するとメルフィンは「オー日本は良い国だよ!!何かあったら僕に言ってくれ。よろしくね。」みたいなことを言って(いたと思う)去っていった。ひょえ~~~、私の英語全く使い物にならないんだ。もともと英語はできないが、こんな簡単な言葉も通じないなんて・・・。。がっくりきた。

| | コメント (0)

2007年10月 1日 (月)

アメリカへの移動日_アメリカ

アメリカに到着した。ハワイは何度か行っているが、本土は初めてでちょっぴり感動。旦那は2度目の本土上陸だ。

入国の手続きを済ませて荷物をピックした。すると、また荷物をチェックするということでベルトコンベア?のようなレールに乗せた。いったい何処で受け取れるのかよくわからないままモノレールのような電車に乗って空港の出口の方に向かった。出口近くで自分の荷物を受け取り、よくわかってないのに、どうにかなるもんだなと実感しつつ今度はレンタカーの事務所へ行くためのバス乗り場を探す。これは、ハワイでも経験していたので想像道理でスムーズに動けた。

が、レンタカーの手続きにかなりの時間が掛かった。日本の代理店を通して予約していたのに、その確認に手間取っているようだった。さらに、旦那の英語もほとんど通じていないようだった。後から来た人たちは次々と車を借りて出て行っているのに、うちの車が出てくるまでには30分以上掛かったと思う。しかも、気温も10月だというのに想像以上に高くて汗だくになってしまった。

車を無2007_1001usa0004事にレンタルできて、大学のあるAth市に向かった。地図はグーグルマップを印刷したもので道しか乗っていなかったので地図の読めない私にはかなり難しかったが、どうにかナビをして現地に到着した。大学の寮には2日から行くことになっているので今日はHampton innというホテルに泊まった。ツインの部屋で90ドル。朝食とインターネット付き。今どきのホテルはインターネットできるのかぁと、感心しつつ日本にいる母や友人にメールを送った。超疲れたけど長い一日がやっと終わった。

| | コメント (0)

アメリカへの移動日_機内

うちの旦那は飛行機に乗るときに必ず窓際をとる。私は基本的に通路側が好きだ。理由はトイレに行きやすいから。今回は旦那の引換券にすでに窓際、私の方には通路側と書かれていたのでチェックインカウンターで特に何も言わなかった。私としては窓際の座席は2列しかないと思ってしまっていた。しかし・・・飛行機に乗り込むと、3.5.3の並びだった。ショック。

自分のシートを探すと日本人が座っている。荷物を上に上げている間だけかしらと、その後ろの座席の間に入って待っていると私がいたところに席の主が来てしまったので、私の席に座っている人に「そこ私の席なんですけど」と言ってどいてもらった。どうやら、完全に間違って座っていたようだ。自分もやっと席に着け落ち着いたところで、通路側の席を取っていたアメリカ人らしき男性が現れた。私にペコリと会釈をして「トイレに行きたくなったら遠慮せずに声をかけてくださいね。」と流暢な日本語で話しかけてくれた。安心したものの、やはり声ってかけにくいので窓際好きの旦那を恨めしく思った。

機内ではあまり眠れずずっとゲームをやっていて目が疲れた。隣のアメリカ人は「三島由紀夫の~~~~」という文庫本を読んでいたので驚いた!日本語の本を読んじゃうレベルなんだぁ。しかも三島由起夫好きなんだぁ。。」と驚いた。

三島を読んでいた隣の人は私が狂ったように同じゲームをやり続けていることに気がついたようだった。それでどんなに面白いのゲームなのかと思った様子で彼も同じゲームをやり始めたので、ちょっぴり恥ずかしくなった。

また途中で私と旦那の座席の間から後ろの席の人がアルミ箔に包まれたおむすびを食べている様子がちらっと見えた。あれ、後ろの人白人女性では・・。日本人も座っていたのか。など思いながら飛行機を降りるときに振り向くとやはりキュートな金髪の白人の女の子だった。彼女が海苔が全面に巻かれた大きなおにぎりを食べていたと思うととても違和感があるけど、日本でおにぎり好きになったのか。。。ととてもうれしく思えた。また、手作りおにぎりなのが好印象だった。

| | コメント (0)

アメリカへの移動日_日本

今日はアメリカに移動する日だというのに、家の片付けがまだ終わっていなかった。

夕べも旦那と険悪になった。いまだに片付けや掃除が終わってないとは!と。夕べは姉がしばらく電話で話せなくなるのでと夜になって電話してきた。姉も仕事で疲れているようで仕事の話が少し多かったけど簡単には電話を切れなかった。それも旦那が怒った理由の一つだ。あー、そんなにきぃきぃ言うなら少しは手伝ってよ~~。本当に腹がたった。

出発時間までに時間があったので掃除を済ませようとしていたら、昨日まで何もしていなかった旦那が怒り狂ったようにゴミ出しやら片付けをし始めた。今頃怒りをあらわに手伝うならもっと前からやってよね!と私も苛立ちまくった。

成田まではタクシーで行くとつい1週間前に聞き、義母と母に話していた。家を出るのも12時と昨日聞いて親たちに連絡していた。が、結局タクシーではなくて旦那の同僚の車で行くことになっていて、出発時刻も11時になっていた。本当に最後の最後まで嘘つかれるとは!

空港には早~~く着いた。旦那の同僚がとても親切な人なので荷物を持ってくれて助かった。それなのに、私はとっても無愛想で申し訳なかったと思う。なにせ、昨日からの険悪な気分がまだ尾を引いていたので、どうにもニコニコできなかった。

空港でチェックインカウンターに並んでいると、義母と母がやってきた。母たちには旦那の同僚が見送ることを伝えていなかった(私も今日知った)ので、ちょっとばつが悪そうだった。義母は特に「職場の人が来るなら見送りはやめておくね」みたいな感じのことを言っていたので、かなりびっくりしていた。ごめんね。おかあさんたち。私も知らなかったのさ。

搭乗時刻までまだ時間があったので5人で昼食を食べた。微妙な雰囲気で会話も弾まなかったけど、母たちの愛に私は感謝でいっぱいだった。母はバックから小さなタッパーをだして私に渡した。梅干しが入っていた。手作り食品(発酵食品)を外国に持ち込んでいいのか?よくわからなかったけど、とりあえず没収されてもいいからもっていきなと渡された。義母からは天然素材のボディタオルを渡された。2人分。旦那はアトピーなので天然素材のタオルを餞別の品にと義母は考えたようだ。これも母心。しかし、二人から渡された荷物で私のバッグはパンパンになってしまった。

そして3人に見送られながら出国した。

| | コメント (0)

« 2007年8月 | トップページ | 2007年11月 »