2008年5月 9日 (金)

新規プロジェクト

5月に入ってカレンとの仕事も一段落した。最終的にはPCRプロダクトをQIAGENのキットで精製してシーケンシングは外注とのことだったのだが、最後の最後で全サンプル50個を精製するのがきつかった。簡単な作業なのだが、2本ずつあるチューブをまとめて精製するのに間違えないように気を遣うのが大変だった。私はうっかりミスが多いタイプで、自分で欠点に気づいているだけに注意を払うのに本当に力がいる。精製の作業よりもチューブを間違えないことの方が大変なのだ。同じサンプル名が何個も入っていたりしてそれもどうした物かと思ってしまう。まあ、カレンが気にしていないようなので気にしないようにした。

そして精製のためサンプル表をチェックしていると、またしてもうっかりミスに気がついた。ミスってほどではないが、2サンプルまだPCRをやっていない物があったのだ。あーあ。しかもこの日で最後のサンプルのPCRを仕掛けたところだった。この反応が終わってからまたかけ直さないと行けないのでいろんな作業が2倍になってしまった。がっくり。PCRが終わるまで、少しずつ精製作業を進めたが本当にきつかった。結局9時半から始めて、すべての作業が終わったのは午後5時半だった。1時間休憩を取った物の、立って作業をするタイプの実験台のためほぼ6時間以上立ちっぱなしだった。本当に疲れた。

その日そんなにがんばったのはカレンから火曜日中に全部終わらせてねと言われていたからだったが、サンプルをもってカレンの所に行くと「来週の月曜日に発送だからそれまでフリーザーに入れておいて」と言われた。『・・・なんだかなぁ。。』来週発送なら今日全部終わらせなくてもよかったんじゃぁ・・と心の中で思った。

やはり英語での会話が苦手なため、細かいところが確認できずに無意味なことをやってしまうことが結構多い気がする。ふーむ。まあいいけど。。あー、今気づいたが月曜日私は休みのはず、カレンは土曜日に博士課程のプログレス発表があるらしく金曜日に話しかけにくくて来週の話をしていなかった。こっちもうっかり月曜日は出勤しないことを忘れていたので引き継ぎの準備をしてこなかった。また呼び出されるのだろうか?面倒だ。

火曜日は実験室を行ったり来たりしていた時に教授がカレンと話しているところに出くわした。教授が「ハ~イ、かまやつ。いま君のことを話していたんだよ。お給料をもっと出すことにしたから、たくさん働いていいからね。」と言ってくれた。そしてカレンが「新しいプロジェクトが始まるわよ!」と。かなりうれしいじゃないですかぁ~。今までよりも給料がたくさん出る=working timeを気にせず、好きなだけ働けるということだ。しかも以前の3倍以上の金額を出してくれるそうだ。これって一応私の仕事っぷりを認めてもらえたってことだよね。でも旦那は渋い顔。旦那は本当は私に自分の仕事を手伝ってもらいたかった。が、どういう訳か学生の仕事を私がしているのが気に入らないのだ。学生が面倒なことを私に押しつけているだけなんだからがんばらなくて良いというのが旦那の本心。微妙だね。ただ、今までは旦那の手伝いは無給でやっていたけど、今後は有給で手伝えると思って良いのだ。

カレンの仕事を振り返ってみると、培養菌体からゲノム抽出が30個ほど、PCRが50サンプル(実際は80サンプルくらい)、PCRプロダクトの精製が50サンプルという仕事内容だった。ちょっと時間が掛かりすぎた気がする。物がそろっているラボでこの仕事をしたならばもっと早く終わったような気がした。まあカレンはこの仕事を昨年の6月から始めて全然進んでいなかったので、そこを考えにいれれば早かったと言ってよいかも。。

ところで次のプロジェクトはまたPCRがらみだ。カレン曰く「Because you are a PCR queen ! 」だそうだ。この言葉は何度も言われているがいまいちピンとこない。私は何も特別なことをしていないのだ。ただ試薬を混ぜて決められた条件のプログラムを回すだけ。ふーむ。何度もマジック!とかミラクル!!とかいう言葉も言われているが非常にリアクションに困るのだ。。。

もらった論文を読んでみたところ微生物の同定のために今まで行っていた手法(カレンとやっていた仕事がこれだ)とは違った新しい方法について書かれていた。カレンにいくつか質問したところ「アイザックの仕事だから彼に聞いてみて」とのこと。ほえlovelyアイザックの仕事なのね。と、おばさんはニヤニヤしてしまったのだったsmile

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2008年5月 4日 (日)

w教授の息子さんの結婚お披露目会

2週間ほど前に教授がひょうひょうとした雰囲気で私と旦那のベンチに現れた。私は作業中だったが旦那はデスクで考え事をしていた。教授はいつもならハ~イとニコニコしながら近づいてくるのに今日は妙に静かだった。顔つきも無理に無表情を保とうとしているのがわかった。教授は旦那に封筒を手渡して足早にその場を立ち去ったので、何事かとすぐに開封すると見知らぬ男女が顔を寄せ合った写真が印刷された結婚パーティの招待状のような物だった。封筒には旦那と私の名前が書かれていた。「誰だ?これ?」学科の誰かの結婚パーティの招待状が教授の所に間違って配達されたのだろうと思っていたら、旦那が「これ教授の息子さんじゃないの?」と・・。そういえば、教授室にお子さんの写真が飾ってあったような。教授室の写真はかなり若い時の物だけど確かにその写真によく似ている!連絡先などをみるとw先生の名字が書いてあった。先生と奥さんが主催している会のようで二人の名前が書いてあったが、ドイツ語フォントを使っているようでウムラウトがついていたりしたため(先生の名前はアメリカではウムラウトはつけていない)、ぱっと見で先生の名前とは判断できなかったのだ。

そのままパーティのことはすっかり忘れていた。

2日の金曜日になってなんの準備もしていなかったのであわてて招待状をよく読んでみると、○○&□□.comを訪問してねと書かれていたのでちょっと見てみることにした。すると、どうやら結婚のセレモニーは2日の金曜日の午前中に、その日の午後レセプションパーティがあるようだ。また1日の夜にバチュラーパーティがあったようだ。そして「パーティに参加される方はRSVPを」と書かれていた。雰囲気としては「出席の意を示す返事を」と言うことではと思いつつも辞書を調べるとやはり「repondez s'il vous plaittというフランス語の略語だそうで”ご返事ください、ご返事お願いします”」という意味だそうだ。

そこで気づいたのはもらった招待状とウェブにあるレセプションの場所と日時が違うことだ。しかももらった招待状にもRSVPをと書かれていた。ひょえ~。返信してないぞ。どうしたものか、あわててカレンにメールで聞いてみることにした。内容はカレンはパーティに行くのか?私たちが行く場合RSVPは必要か?お祝いは持って行く必要があるのか?など。

カレンは返事をくれたが、先生の家族のことをよく知らないので行かないそうだ。ノハもアイザックも行かないとのこと。でもかまやつたちが行きたかったらなんの問題もないので行っていいんだよ。またRSVP essentially means "let us know if you're coming". と教えてくれた。

カレンたちが行かないことを知り、行くか行かないか迷ってしまった。昨年サンクスギビングの時に先生が食事会に招いてくれたが旅行に行くと言って断ってしまったことがある。そのときは結局ラボの誰も出席せずにパーティはなくなったそうだ。これで、息子さんの結婚パーティも行かなかったら先生の威厳にかかわるんじゃぁないだろうか?家での立場が心配になったりもした。でも、着る物もないし、どうしたものかと旦那に相談すると、「かまやつが行かないなら俺は一人で行ってくる」と。はぁ?よくよく聞いてみると、2週間に来たばかりの中国人ポスドクとその妻を先生の家まで乗せていくと約束してしまったそうだ。早く言いなさいよ!結局前日の土曜日はうだうだしていたため外出(お祝いを買いに行ったり)もせずに終わってしまった。一応、RSVPは出してみた。

当日、午前中旦那は仕事をしにラボへ。私は化粧をして日本から持ってきた服で一番良さそうな物(といってもチュニックカットソーとジーンズ)を着て、BHB教会の春学期最終日に先生からもらったピアスとネックレスをしてみた。いつもよりは小綺麗かなっていう程度。まあいいか。

1時半に中国人ポスドク宅へ向かう。途中先生の家の近くを通過。先生とポスドクの家は歩いて5分ほどでは?というくらい近かった。なぜ我々がピックアップする必要が?と思いつつもポスドク宅へ到着。

嫁の方がまだ準備中で、家の中で待たされた。そして、長身の中国人が現れて自己紹介をされた。SC大の教授らしく研究分野は(本来は)海洋微生物のようだ。家はGAのオーガスタにあるそうで、中国人ポスドクをw教授に紹介したのが彼のようだった。しばらくして夫婦の準備が整い、w教授の家に向かった。ちょうど2時半。

先生の家は思い描いていたよりもこじんまりしていた。通りからの見かけは平屋っぽく見えた。中にはいると階段があり階下に部屋がいくつもあるように思えた。土地の傾斜を利用した2階建てのようだ。うちの近くにも小さな2階建てに見えて逆側から見ると3階建てというような家がよくあるのでそのパターンだと思った。

お料理はすでに並んでいてとっても美味しそうに見えた。先生の息子さんと奥さんも現れて自己紹介した。奥さんは小柄で160センチくらいかな。とっても美人でナスターシャキンスキー(古っ!)によく似ていた。娘さんがいて中学生くらいだろうか。ちょっと会話をしてお料理をお皿に取って、リビングの外のデッキに座って食べることにした。ふーむ、私の口にはあまり合わなかった。ちょっと残念。ドイツ料理的な味付けなのだろうか。。ケーキも甘くて本当に少ししか食べられなかった。よくよく考えると、肉類が一切なくお酒もなかった。ドイツ料理というとソーセージとか?って思っていたが何もなかった。サラダとかヘルシーな物ばかりと、甘ーい焼き菓子のみ。教授は忙しそうにホストとしてお料理のセットアップや飲み物に氷を入れたりしていた。話はしなかったが我々の顔をたまに見に来てニタニタ~という顔をしていた。

先生と奥さんの兄弟たちもドイツから来ていた。奥さんの妹の彼氏という人とたくさん話をしておもしろかった。その方はエンジニアでフォルクスワーゲン、ビーダブリュ(BMWのことかなと思ったがMを発音してなかった、それともVWだったりして、でもフォルクスワーゲンはフルで発音していたのでやはりBMWのことなのかなぁ)、ゴルフなどでエンジニアをしてきたそうだ。ドイツでも日本車がすごいと言う話をしていた。さらに、彼は始めてアメ車を見たときに感動した覚えがありアメリカに来ることを楽しみにしていたが、アメリカの車も日本車の影響なのかこじんまりしていてがっかりしたそうだ。また、飛行機で来たけど空港に降り立ったときには600年前(って言ってたかな)にヨーロッパからアメリカに渡った人々が感じた物と同じであろう興奮と感動を味わったそうだ。とてもかわいらしいおじさんだった。

途中からご近所さんのような方々がどんどん訪れた。隣のラボのスキンヘッドでいつも半パンツとTシャツ姿の教員?(旦那曰く「あれは全く仕事をしないポスドクだとのこと」)も来ていた。人が増えてきたので途中で帰ることにした。不思議なパーティだった。

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2008年5月 2日 (金)

いちご狩り

今日はBHB教会のESLの後にシルビア先生とノーランと一緒にオヤジ狩りならぬイチゴ狩りに行ってきた。

先生がM教会のESLをやめるときに「5月になったらイチゴ狩りにいこうね」と言ってくれていたので、シーズンが来て誘われたのだった。昨日お誘いメールが来て私宛だけだったのでちょっと恐縮した物の英語の練習になるしと思って「もちろん行きます」の返信をした。その後先生から返信があって、ESLでノーランに会えたら誘ってみてと書かれてあったので、今朝誘ったのだ。

ノーランも行くことになり、クラス(今年度のBHB教会のESLはこれが最終日)が終わってノーランが教室の外に待っていたので一緒に出口へと向かった。シルビア先生は3月に会ったときよりも生き生きしているように見えた。クラスを辞めて気楽になったのか、単に夏バージョンになったのか・・・。でも少し心配だったので良かった。

先生の車には一番上の大学生の娘さんが乗っていた。先生にそっくり。少し太めな感じでお化粧も全くしていなくて顔に金色の産毛がもしゃもしゃ生えているところに好感が持てた。以前、大学を卒業したら看護士になるための学校に進むと聞いたことがあるのでおそらく大学4年で今月卒業式なんじゃないか?って思ったが、学内で見かける女の子たちよりも少し幼い感じがして意外だった。

車内ではノーランがよくしゃべっていて英会話力がずいぶん上達していて驚いた。前々からよくできていたが、以前のようなトルコ語なまりはずいぶん軽減していて聞き取りやすく、自分の言いたいことを上手く表現できていてうらやましく思った。私は口を挟むチャンスがあまりなくてあまり話さなかったが、楽しかった。

アメリカに来て何度かイチゴを買って食べているが美味しいと思ったことが一度もなかった。いつも蜂蜜をかけないと酸っぱくて辛かったが、イチゴ農園で摘んだ取り立てイチゴを車の中で食べたが結構甘くて美味しかった。やっぱり、完熟を取ってすぐならアメリカのイチゴも美味しいと言うことなのねと思った。イチゴ狩りの料金は先生が払ってくれてとても恐縮だった。いくらだったかは不明だけど一人(ひとバケツ)10ドルはいってないように思えた。1キロ以上はありそうなので買うのと同額かもう少し安いかと言うところだろうか。結構甘いのでスーパーで買うよりも良いような気がした。

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2008年4月26日 (土)

初ホームパーチー参加

木曜日にリンから土曜日にジョンの家でパーティがあるから来ないかと誘われた。ポットラックだと急なので私には準備ができないと思い聞いてみると何かお土産持って行けばいいよとのことで行くことにした。そこにジョン先生とYさんつながりのインスクという韓国人の女の子が来て、「昨日Yに電話したの。本当にありがとうね。Yはいま神戸にいるらしい、神戸は日本のどの辺なの?」と話してきた。私は神戸に行ったことがなかったため、ちょっととまどったが「東京と大阪の間だよ」と答えておいた。

授業が始まる直前にジョンのクラスに顔を出したら、ジョンも「昨日Yと話したのよ」と。。Yさんは本当にうれしかったんじゃないかな~。そしてジョンからもパーティの話があった。「良かったらご家族も連れてきてね」と。・・・。旦那が一緒に行くわけがないし・・。「旦那は忙しいから行けないと思うけど、私行きたいです。」と答えた。常識的にはどうなんだろうか?家族ぐるみでないと皆参加しないのか?

当日、お土産にはヘルシースーパーで伊藤園の日本茶のペットボトル500mlのを6本とwal-martで買っておいたドールの100%ミックスフルーツジュース、ハーフガロン2種類を持って行った。ちょっと多すぎたみたいだった。伊藤園のお茶海外版は日本のと味は変わらない気がした。缶も売っていてこれは日本では見たことないけどGYOKUROはかなりまろやかで美味しい。外国人のお茶のエキスパートがブレンドしたらしいが、プロダクトオブジャパンになっていた。

パーティに向かう途中すごい雷雨になって運転中に前が見えないほどの豪雨になった。かなり怖かった。しかもジョンのおうちは通りから奥まったところにあったためなかなか見つからず、視界も悪く大変だった。が、到着してみると私が一番のりですぐ後からリン一家の車が到着した。あまりの雨の勢いと稲光&雷で10分ほど車から降りられずにいたが、リンたちもそうだった。

仕方ないので降りてリンの車に近づくと彼女だけ降りてきて一緒にジョンの家のドアを開けた。ジョンと旦那さん(好々爺でめちゃくちゃかわいらしい)が出迎えてくれて中に入った。テリー先生の家とはまた違ってステキだった。それほど大きな家ではないが二人暮らしにはかなり立派すぎるように感じた。クリスマスのオーナメントやらがまだ飾りっぱなしだったがやはりアメリカの建物なのでよく馴染んでいて違和感がなかった。飾ってある物がとにかくかわいらしい物ばかり。それらと一緒に中国の茶器などがあちこちにあったけど、きっと生徒からの贈り物なんじゃないかな。。

しばらくしてジョンの旦那さんが雨対策の重装備をしてリン一家の車に傘を届けに行った。そうこうしているうちに、もう一台車が来て中国人のシャンホンのご家族が到着。結局この日はこのメンバーだけだった。みんな旦那と子供を連れてきていて、子なしの私は少し淋しかったがあまり気にしないようにした。

パーティーは食事の準備から始まった。ズッキーニやタマネギなどをバルサミコとオリーブオイルガーリックをまぶしてオーブン焼き、いろんな物がたくさん入ったすごいボリュームのサラダ、ジョンが前もってつけ込んでおいた牛肉の薄切りを串に刺し、外のグリルで焼いたBBQや、スイートポテトやら品数が多いって感じではなかったけどなかなかの物だった。特にお肉が最高に美味。醤油とオイルとガーリックとマスタードにつけ込んだと聞いたが、今度是非その味付けを試してみたいと思った。なんだか、昔懐かしい味というか・・。とにかく美味しかった。デザートはジョンのスイートポテトの他にシャンホンが中国の菱餅のような物を作ってきて、リン一家はケーキを買ってきていた。が、デザートの前に私の胃はぱんぱんになってしまいリンたちには申し訳なかったがほとんど食べられなかった。

食事をしながら色々話してあっという間に6時を過ぎてしまい、シャンホンたちがこの後に他の人たちとの会合があるとのことで席を立とうとし、リンたちも帰るといい、私も7時に旦那をラボまで迎えに行くからと言うことで会はお開きになった。が、シャンホンたちは呼ばれ慣れていて、ジョン家のキッチンも知り尽くしているのでちゃんと後片付けをしていた。私ってそういうところが気が利かないので、ちょっと勉強になった。年も年なのでその辺のことがさらっとできるようにならなければいけないのだ。

その後あわてて旦那を迎えに行くために車を走らせた。途中でリンたちが私の車に追いつき、私は高速に乗るために途中で別れた。が、大学構内に入って旦那のラボに向かったところ、どこかで見た車が?なんとリンの車で旦那さんが何かを車から降ろしていた。たぶん私と同じ建物で働いているらしいことがわかりちょっとびっくりした。しかも私よりも先についていることにも二度びっくり!私は建物の裏側にある、ビジター用駐車場に車をとめ、裏から建物に入り旦那を呼んだ。結構充実した一日だった。

旦那の夕食はカップラーメン3個!旦那はジャンク好きなため、私が夕食を作る時間がなかったことをラッキーといった感じでもりもり食べていた。こっちは楽で良かった。

ところで、リンの旦那Jはとってもステキな人だった。たぶん日本人女性はたいてい「あらステキ」と思うタイプの雰囲気。すごい美形というわけではないのだけれど、たぶん性格がいいのだろう。内面が外見ににじみ出ている人だと思った。

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2008年4月19日 (土)

レッツ フィッシング!

  BHB教会のESLを手伝っている方の中に隣町に農場と沼?を持っている方がいて、ESLの生徒や家族などが釣り大会に招待された。旦那にその話をすると、珍しく興味を持った様子で一緒に行くことにした。

朝、旦那が運転を拒んだので渋々運転することにした。目的地の住所がわからなかったので目印となっている教会の住所を調べてカーナビに入力し、そこまではナビ道理に進み途中から自力で進んだ。もらったおおざっぱな手書きの地図によると教会を右手に十字路を進むと言うことで自分で判断して進んだものの、地図にある通りが出てこずに困ってしまった。雨もかなり降っていて、釣り大会はあるのかどうかも心配になった。旦那は、しらっとしてナビなどする様子もないし。。。仕方なくUターンして来た道をもう一度チェックしながら戻った。目印の教会に戻ってもやはり地図にある通りが見つからなくて困っていたら「道が違うんでしょ」と旦那から指摘が・・。(もっと早く言ってよ~)と言いたかったが口に出すとけんかになるので、ぐっとこらえた。旦那が運転しているときには私がナビに協力的でないと、青筋たてて怒ったりする。なんだか不公平だわと思いつつも、楽しく釣りしたいので我慢した。

で、結局道を変えたらすぐに見つかり、でも私は前をみて運転しているため小さな道路標識を読めていなくて曲がるべきところを通過してしまった。そして旦那に馬鹿にされ・・本当にむかつく。これが逆の立場だったら??って いっつも思うのだ。

やっとこさ、Dr.Blackさんの農場について、池?沼?にたどり着けた。ホッ。9時半過ぎだったが、来ていたのは中国人2人ほどだった。あとはESLを仕切っているフィルさんと、ドナドナバンのカーネルサンダース似の運転手さんだけだった。そしてなんと運転手さんはフィルさんのご兄弟と2008_0419usa1_2のことをしり、かなり驚いた。

軽く旦那の紹介をして、釣り竿を借りて、えさの付け方を教わり釣りを開始した。えさはミミズの小さい物だった。想像はしていたものの、自分にはえさをつけられないと思い、釣り竿は1本だけ借りることにした。竿は簡単なもので、長さ調節のできない糸に針と浮きがついているタイプのものだった。

結構雨が降っていて大変だった。1時間ほどして雨がやんだと思ったら続々と車が到着した。ほとんどが中国人。みんな魚を食べる気満々。ちょっと異様な光景だった。ボランティアでアメリカ人のご夫婦が数組着ていた。ちょっと悲しかったのは遅れてきた中国人たちはみんなどんどん魚を釣っていること。家の竿にはちっとも掛からない。しかも途中で旦那がどこかに消えてしまい一人ぽつんとあたりを待った。

しばらくして旦那が戻ってき2008_0419usa40_2 て私は休憩していると、やっと釣れた。25センチくらいの魚だった。食べたら美味しいらしいが私は魚をさばけないため、記念写真をとり、池に戻した。

私たちが釣っていた場所から3メートルほど離れたところにアメリカ人のおじさんと、中国人男性が来て釣りを始めた。中国男性はちゃんとしたリールのついた竿を持っていて、遠くに投げようと必死になっていて私の方に飛んできたりしていて少しこわかった。しかも針には10センチ以上の長さの大みみずがついていて、かなり気持ち悪かった。おじさんは中国人に投げ方を教えつつも簡易式釣り竿でいきなり連続3匹つり上げていた。すごいと私が騒いでいたら、竿を渡されて釣り方を教えてくれた。

おじさんの言うとおりにやっていたら、浮きが下がった。が、どうしていいかわからずにいたら「アップ、アップ・・・」と言われ、あわてて竿を引き上げたが時すでに遅く、えさだけとられた。浮きが下がったら急いで竿をあげるようにと教えを受け、次を待ったらキターッ!!! 初ゲット!2008_0419usa46_2

今まで日本で渓流釣りを2回経験していたが一度も釣れたことがなく・・。今回は本当に記念になった。その後3匹釣れて、そのうち1匹はバスの子供で12センチほどだったのでリリース。なんとなく魚が掛かったときの浮きの動きがわかった気がしておじさんに感謝だった。何度もみみずをつけてくれたし・・・。で、4匹目が釣れた後に、おじさんが「次は自分でえさをつけてみな」と言ってくれたのだが「できません」と答えたのでどん引きされてしまった。そうだよね。えさもつけられないのに釣りをする資格なんてないよね。。。と、そうこうしているうちにお昼の用意ができたとボランティアで準備してくれていたおじさんの奥さんが呼びに来たので、お昼にすることになった。

お昼はホットドッグとサラダやとうもろこし等々、あとスナックや焼き菓子2008_0419usa25など。本当によくしてくれるなと頭が下がる思いなんだけど、その気持ちをうまく英語で表現できないのが残念でならないのだ。フィルさんはたぶん釣りをしていなかったと思う。準備やら何やらで・・・。弟さんはがんがんやってたけど。本当にボランティアの心とかもてなしの気持ちみたいな物に満ち溢れた人が多いなと思った。

旦那が仕事があったのでランチを食べて午後は釣りをせずに帰宅した。楽しい一日だった。。

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2008年4月18日 (金)

ボスについて

教授のw先生はドイツ人で彼の研究分野では結構有名な人だ。論文や著書もたくさんある。長身でやせ形だけどがりがりではない。白髪に白い髭。いくつなのか知らないけど、見た目はおじいちゃんぽいががたいが良いせいか50代くらいにも見える。教授室にはlaughに関することわざのようなものがあちこちに貼り付けられている。旦那の話では大学院の授業ではめちゃくちゃ厳しいらしい。が、我々ラボで働く人々や他のラボの研究者には気さくでファニーな人という印象だ。教授がそんなことまでしなくてもと言うようなことまでやってくれることもある非常に親切な人だが、面倒なことになったりすると突然具合が悪くなったと言って帰ってしまうというお茶目な一面も持ち合わせている。

w教授は3月上旬から5週間のニュージーランド出張に行っていた。なので私が働き出してから教授に会っていなかった。

今朝は誰もいない実験室でゲルにサンプルをアプライしていると人が入ってきたので顔を上げるとw教授だった。先生は私の顔を見てびっくり顔をしながら「Hi~! How are you doing? 」と言ってきた。「Fine !!」と答えにっこり微笑むと「(Do you ) Enjoy your job?」と聞いてくれたので「Yes!!」と答えた。その後先生は「ノハを探しているんだ」と言って実験室の奥のノハのデスクを見回していたので「今日はまだ彼女は来ていないと思います。」と答えたところ、先生は「そうか」と言って引き上げていった。

短いやりとりだったがかなり感動的だった。ボスからEnjoy your job?と聞かれるって、かなり恵まれた状況じゃないだろうか?日本で何人かのボスの下で仕事をしてきたが、なかなかこういった表現ができる人はいなかった。直ボスではないが旦那の指導教官だったKさん(現在W大の准教授)は部下が(仕事において)HappyであることとEnjoyしているかどうかを気にかけている人で、私は先生の下で仕事をしている人たちをかなりうらやましく思っていた。

私の上司は1「(結果はどうであれ)とりあえず仕事をしていてくれればいいわ」、2「(あなたの生活などどうでもいい、プライベートを犠牲にしてでも)早く結果を出して!」、3「手を抜いているだろう!もっと働け!!」っていうタイプが多くてなんだかな~という感じだった。1タイプは自分の立場に余裕がある人(大ボスからかわいがられているので成果は関係ない人)で「とりあえず仕事をして駄目ならいいや」っていう考えが根底にある。まあ、部下としては楽だけどモチベがあがらない。 2タイプは自分の成果を非常に気にしているので半ばパワハラ的なことを言うことも多々あった。私も結果を出したい気持ちが強いのでかなり身を粉にして働いたけど、結局この上司は自分がかわいいタイプなので働き損な気分が残った。 3タイプは「俺様は管理職だ!」という感覚が強い人で、常に「嫌だったらいつでも辞めてもらっていいんだよ」という気持ちが言葉の裏に見え隠れしている人だった。さらに部下がやる気を出していると必ずネガティブなことを言ってたたきつぶそうとする負のオーラの塊まりのような人だった。

今回のw教授との短い会話を通してちょっと思うところがあった。仕事に対する考え方と将来自分がどうしていきたいかを改めて考え直した。先生と知り合えて(出会えて?)良かったとちょっと旦那に感謝している。

その日は早々と午前中に仕事が終わってしまったがラボに残ってうろうろしていたら、ミーティングに呼ばれた。ノハのプログレスレポートだった。ノハはエジプトの国立研究所に所属したままこちらのラボに派遣されている研究員で(旦那と同じ)すでにまる3年になろうとしているようだった。仕事が上手くまとまらないらしく、当初の帰国予定をずいぶん延ばしているようだ。それももう限界でどうにかしてでも10月までに仕事をまとめてエジプトに帰らないとクビになってしまうと言っていてちょっと辛そうだった。こうなってくるとエンジョイどころではないようだ。。。

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2008年4月 6日 (日)

初MLB観戦

今日は州都にある野球場にアトランタブレーブスとNYメッツの試合を見に行ってきた。1月に行ったバスケット観戦の時は試合中寝てしまったので「また寝たら二度と行かないから」と夕べから旦那にチクチクと言われていた。

球場には1時間半以上前についたが、すでに人が大勢入っていた。場内をうろうろしてから大リーググッズを売っているお店でお買い物をした。今日は珍しく旦那が買う気満々だった。というのも旦那がチケット代を出しているので私にグッズ代を支払わせて元を取り返そうという魂胆typhoon結局欲しい物があまりなく今回はTシャツ25.92ドルとショットグラス7.41ドル。私は旦那のTシャツと似ているけど選手の名前が入っていなくてナイキのマークのついている物20.37ドルで購入。他に普段着に良さそうなものが結構あったが即決できずに今回は諦めた。

チケットは2階席しか取れなかったのであまり期待していなかったがバスケの時よりも近く感じた。さらに大きな三菱の電光掲示板のおかげで飽きることなく観戦できた。チケットはチケットマスターで購入したが、3月末頃でデイゲームのほとんどの試合の1階席は売り切れていた。で、イチローの試合を見たいと思っていたけど諦め気味だったが、2階席で十分楽しめるならとチケットを取ろうと決めた。

私の隣の席はアメリカ人の80代くらいのおばあちゃんとその子供夫婦が座っていた。試合ぎりぎりに入ってきて、試合開始とともにおばあちゃんの膝の上に赤いプラスティックのお皿が配られ、カールみたいなスナック菓子の袋が回ってきておばあちゃんは皿にあけ、さらにジップロック風袋に入ったサンドイッチが回ってきてコーラとともに食べながら観戦していた。あまりにも手慣れているので気になって横目で何食べているのか見てしまった。サンドイッチはバーガー用のバンズにハムとチーズが挟まっている模様。ハムは5ミリくらいの厚切りだった。うちは旦那のお弁当のサンドイッチはバーガーバンズにハムとチーズとピクルス。(塩分多そうだな。)ハムは薄切りを重ねているのだが、厚切りは美味しいのだろうか?と興味を持った。いやでも、おばあちゃんがコーラ片手にスナックぼりぼりやってるのは結構びっくりだ。しかも地元のチームの応援の音楽が流れるとその踊りのような振りを一緒になってやっている。往年のファンなんだろうけど、へぇ~って思ってしまった。

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2008年3月28日 (金)

仕事5日目

金曜日。今日は9時半から仕事。

のはずが、朝ラボに行ったところ誰もいない。コンピューター室も真っ暗、カレンの実験室も鍵がかかっていた。鍵を開けて中にはいると、鞄はあるので学内にはいるようだった。

今日やることは何となくわかっていたので、とりあえずゲルでも作るかとインキュベータから溶けているゲルを取り出し型に流し込んだ。結局、水曜日のPCRのチューブが見あたらずカレンが戻ってくるのをぼーっと待っていた。

カレンは11時に現れた。悲しいことに今日私が来ることを忘れていたそうだ。そうだよねぇ。。パートのおばちゃんだもの。。今日は11時から女子学生が来て洗い物をやっていた。その指導のために戻ってきたのだ。私が雇用のためのペーパーワークをやっていた日に、その女子もペーパーワークとインターネットでのガイダンスをやっていたのだ。そういうことか!と思った。

このラボは去っていった研究員たちの遺物ともいえる、培養済みのチューブやガラス瓶がたくさんある。本当にすごい大量にあるのだ。しかもアルミキャップとゴムキャップで密栓してあるので、これをひとつひとつ外して、中味を出して洗うというのはかなり大変なことだと思う。しかも中の液体はびっくりするほどくさいのだ。培養されている物は古細菌の仲間が多いと思うのだけど、これが尋常じゃない臭さの物もあるのだ。。。

洗い物をしている学生を見てピピっときた。教授は私に気を使って実験のみをやる人として雇ってくれたのだと。私としては山のような洗い物を暇なときにでもやろうと思っていたのだけどね。気を遣ってくれたのだ。感謝しなければ・・・。

しかし、学生が素手で洗い物をしているのが非常に気になる。訳のわからない試薬を溶かした瓶もあるのでちょっと心配になった。

この日の私の仕事は、電気泳動とさらなるPCRの仕込みのみ。本当に簡単すぎる。カレンの仕事をやらせてもらっている感じなのだが、アメリカの博士課程の学生ってこんなにすることないの?って密かに思っている。そうそう、修士課程の学生も修論用の実験などをしている様子もない。授業と実習のみなのかしら???不思議でならない。この大学のうちのラボ特有かもしれないけど、日本の学生はよく実験していると思った。あー、でもここの大学院生を旦那に持つ友人たちは、課題がすごくて旦那さんは皆家でもたくさん勉強していると言っていた。教育方針が違うと言うことなのかな。。。そういえば以前の職場で、アメリカでポスドク経験のある女性ポスドクが「アメリカでは研究(実験)があまりできなくてもコミュニケーション能力がある人の方が評価されるのよ」と日本の超優秀な学生たちに話していたのを覚えている。聞いていて信じられないと思ったが、そういうラボもあるってことかもしれないな。

前回のPCRの結果は、カレンが以前抽出したDNAはすべて何某かが増幅されていた。カレンは大喜びで私をほめてくれたけど、私としては今ひとつピンときていなかった。そもそも、primerが何なのか?わかっていないので・・・。サーモバクテリウムという属?に特有な配列を増幅するプライマーなのではないか?と思っていて(サーモバクテリウムを分離しようとしているらしいので)、うまくいったのは私のお手柄でもなんでもなく。。。PCRの条件も何もいじってないし・・・。でもカレンは私の反応があまりにも薄かったからか、紙に書いてくれてまでグレイト!!とほめてくれていたので喜ぶべきことだったのかもしれない。まあ、よくわからないが、次回からはかわいげのあるリアクションを心がけようと思った。

ところで、やっぱりESLよりも働いている方が英会話の習得に役に立つようだ。相手から何か問われてとっさの言い返しって言うのがかなり難しい。簡単なことでも、とっさだと口ごもってしまうのだ。今日はアイザックがサーマルサイクラーのおいてあるベンチを使っていた。私がベンチに近づいたらとっさに彼は "You can move these things (on the bench)."(よく覚えてないけどたぶんこういったと思う)と早口で言った。「どかしていいよ」って言うのをこう表現するのかと理解した。今回はベンチを使う予定ではなかったので、OKといってそのまま動かさなかったけど、次に同じシチュエーションがあったら「ありがとう。でもベンチはつかわないんだ。」といえるようにしたいと思った。ただ、ちょっとcanなのかcan'tなのか判断がつかなかったのが本当のところでもあった。

話は変わるがアイザックはすごくキュートだ。こんなこと日本人のおばはんに思われているなんて気の毒でもあるが・・。背は高くて180センチくらいありそう。すごく細身。少し前まではくりくりヘアーでマックのドナルド?位の髪の長さだった。動きもドナルド風だった。働き始めて久々に会ったら髪が少し短くしなっていてなんだかステキになっていた。歯並びが異常にきれいできれいで・・・すごい美形って訳ではないけれど、やっぱり歯は大事だわ~と本当に思う。歯並びが美しいと、本当にきれいな顔に見えるのだ。。。さわやかというか・・。ガン見しちゃ悪いからチラ見で我慢しているがlovelyフフフフフ

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2008年3月27日 (木)

今日のESL

今日はバンに揺られてドナドナ気分のBHB教会のESLの日。朝、ピックアップ場所にジャスミンが居なくてちょっとがっかりだった。先週の木曜日に大学院に進学するために必要な試験が終わったらM教会のESLにも復帰したいと言っていたので、おそらく試験が近いのだろうと思った。本当によく勉強しているので感心してしまう。いつものことながらなんでも直前にあわてて行動する自分を情けなく思う。

今日のレッスンはドロリス先生が旅行でお休みのためジョン先生のくラスと合同になった。ジョンのクラスはリン、ユエン、シーンが一緒のクラスだった。リンはジョンの家で個人レッスンを受けているとのことで、私も先生に興味があった。先生はNYにずっと住んでいたそうだ。発音がとても聞き取りやすい。

自己紹介をして私が日本人だとわかると、先生から日本への国際電話のかけ方を教えて欲しいと聞かれた。が、私はいつもKDDのクレジット通話を利用しているため、正式なかけ方がわからなかった。先生は昨年までレッスンに来ていた日本人のYさんという女性に電話をかけたいそうだ。実はこのYさんはM教会のESLにも来ていた人らしく、そしてM教会のESLには同じ名前のYさんがおり・・・他の韓国人女性にM教会に来ているYという日本人に手紙を渡して欲しいと頼まれたことがあった。結局名字が違っていて人違いだったのだが・・・・。ここにも帰国したYさんを慕っている人がいるのね・・と、Yさんは幸せな人だなと思ってしまった。先生は「Yは英語を話したがっていたから電話して会話しなきゃね。メールもあるけど、話さなきゃ」と言っていた。実はテリー先生の家に行ったときも、「以前ふたりのYが遊びに来たのよ」と聞いた。私の知っているYさんはとっても人気者。もう帰国したYさんもきっと社交的な人なんだろう。

帰宅後アメリカから日本への国際電話のかけ方を調べた。

国際電話識別番号 : 011

日本の国番号 : 81

日本の相手先の番号 : 012-345-6789の場合、最初の0を取る。         

つまり : 011-81-123456789

と言うことらしい。

Yさんは先生に市外局番の0から始まる番号を教えていて、先生はこの0からかけているから通じないと言うことだ。来週のレッスンもジョンのクラスと合同なので来週教えてあげたいと思っている。いやいや本当にYさんは幸せ者だな・・。

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2008年3月26日 (水)

仕事4日目

今日は9時半から。

旦那は「俺は今日はゆっくり行く」とのことで、まだ寝ていた。

ラボについて少し早いがカレンに顔を見せにいくと、昨日作った培地をチェックしている。。が、どれも酸素が入っていて使えないようだ。培地の色はグリーンが良くて、透明は大丈夫でピンクが駄目。私のはほとんど透明っぽいんだけどどうやらピンクがかった透明のようだ。2個くらいはOKのものもあったけど・・・。ものすご~~いショック。とりあえず、今日はカレンが前に作った培地を使って植菌することになった。

いや、何が悪いのだろう。。そこがわからないと次にまた失敗しそうだ。今日、カレンがノートの培地の配合と手順をきちんと活字で打ってくれてプリントしてくれた。それをじっくり見ると、Na2S関連の試薬を入れる順番が違っていた。そこが原因なのかな?ボイルして室温に戻した後に入れるらしい。ここかもしれない。。。しかもその試薬のストック液のことをreducing solutionというらしい。ってことは・・・。昨日は文字が全く読めなかったのだった・・・。

カレンのとても良いところは放置主義のようだけど、実際よく見ているみたいで、たぶん、彼女は順番が間違ったことに気づいているんじゃないかな。。。でも、いちいち言わないのね。そしてちゃんとPCでレシピを作ってくれるのが優しいね。

で、今日は嫌気性細菌の植菌の仕方を教えてくれた。注射針を古い培養液が入った瓶のゴム栓のところにさしてそこから培養液を吸い出すんだけど、その前にN2が入った瓶にシリンジをさして1回フラッシュ。ひとつひとつ本当に大変だ。抜き取った培養液を新しい培地に入れて終了。カレンは「できそう?何か質問は?」と言って、私もこれは大丈夫だなと思い「大丈夫」の意を英語だかジェスチャーだかで表すと、彼女はその場から立ち去った。

そしていよいよ作業。まずは瓶のふたをエタノールをつけて焼いて、注射器をN2でフラッシュして、古い瓶を焼いて、注射針を刺して・・・。この注射器を使うのがどうにも苦手だ。ゴム栓が固く固くて、まず刺さらない。しかも抜くときも抜けなくて針の方を持って力一杯、かつそおっと抜かないと培養液が飛び散るのだ。本当に、大変。固いの何のって、臭いの何のって・・。あと、心配性で妄想力豊かな私には『針が折れたらどうしよう。こわい。』ってのが頭を巡って内心びくつきながら仕事をしているのだ。なので余計に疲れる。

でも、作業は意外と早く終わった。終わった物をカレンのところに持って行き、インキュベーターで一晩、静置培養。

次はカレンが以前抽出してあったDNAをPCR。これもGoTaqだと準備が簡単でさくっと終わって今日の仕事は終了。昨日遅かったからと言うことで、今日は早めに帰宅。

が、帰る前に旦那に雑用を言い渡され10分ほど雑用してきた。

ところで、ここのラボはものすご~く古い実験道具がわんさかとある。旦那の使っているガスバーナーがその一つ(だと思う)。スタンドマイクみたいなすごい物。おまけにチャッカマンみたいな器具がこれまた不思議。私は初めて見たけど、チャッカマンはなかなか良い感じ。こっそり日本に持って帰りたいが・・・。後ほど写真を撮ってアップしたい。。

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